それから、パリのいろいろな話をした。そこで私は、少し前に店に顔を出したムッシュ・サイエについて聞いてみることにした。「私がこの近くの学校に通っていた20年前にはもうあのムッシュはいて、あの声を聞いていたのだけれど、彼はいつからいるの?」
ちょうどサービスのムッシュが傍を通りかかって会話に加わった。
「アリ?」「そう。40年?」「ええ、多分。だって80年にはもういたから」「40年は、やってるな」2人の会話を聞いて驚き、「え? 40年? 私が知ってからでも全然声が変わらず若いままだけれど、40年?」と畳み掛けると、「彼はアリって名前だよ。サン=ジェルマンで、彼のことを知らない人はいないよ。1匹の猫も犬さえも」とサービスのムッシュに言われた。
1軒のカフェ・ビストロで、遅めの昼ごはんを食べて、街のひとつの歴史を知ったような気分になった。
休憩中のムッシュ・サイエ(右)
ビストロは「頭を切り替える場所」
私はまだこの店のカウンターに座ったことがない。そこは常連客に限り許された場所のようで、近寄りがたい。カウンターに座る人はいつも、バラバラで来るのに、気づくとみんなで談笑しているように見える。店主に「カウンターに座るのはやはりみんな常連客ですか? このあたりのギャラリーの人とか?」と聞いたら、こんな答えが返ってきた。
「ほとんど、常連客だね。ただ、何をしているかとかは知らない。もちろん、後々知ることは多い。でも、ビストロというのは頭を切り替えたくて、ひと時を過ごしに来るところ。とくにカウンターは。大抵は、なんでもない一人の人として、自分の人生と切り離したところでカウンターに座り、ちょっと馬鹿な冗談を言ったりして、リラックスして過ごし、帰っていく。ワインを1杯飲めば、よりふざけたことを言いやすくなるからね」
私は、これからもカウンターに座ることはないだろう。この店はデザートも店でちゃんとつくっているのだが、アイスまでもが自家製で、チョコのソースがかかったパフェは、子供の時に思い描いていたパフェの味だ。
チョコソースのかかったパフェ
ちょっと休憩に立ち寄って、そんなおやつを食べながら、パリらしさを感じるユーモアの飛び交う常連客たちのやり取りを、少し距離をおいたところから眺めて過ごす。そしてこの冬は、「毎朝ジャガイモの皮を剥くところからつくっているよ」という店主自慢のオーヴェルニュ地方の名物郷土料理、ジャガイモのピュレにカンタルチーズを練りこんだ「アリゴ」を食べたいと思っている。
連載:新・パリのビストロ手帖
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