ライフスタイル

2019.09.28 11:00

パリの日常を味わいに訪れるサン=ジェルマンのカフェ・ビストロ


オ・シェ・ドゥ・ラベイのシュー・ファルシは、ファルスがふわっとしている。ぎゅっとたくさん詰まっているのだけれど、柔らかい。刻んだキャベツと、パン粉ではなく、粗く崩したパンが結構な割合で入っているのがわかる。周りに広がるトマト風味の汁もさらっとして、一見とてもボリュームがあるように感じるが、塩味も優しく食べやすいものだ。

以前は、寒い季節はシュー・ファルシで、夏になるとトマトのファルシがメニューに登場していたのだが、今年は待てども、トマトが出てこなかった。それで聞いてみたら、シュー・ファルシが人気なので通年で出すことにしたらしい。それほど評判の一品だ。

ある日、ブランケット・ド・ヴォーを発見

もう1つの人気料理は、「poulet du Cantal」と記されたローストチキン。オーヴェルニュ地方出身の店主は、地元カンタル県の生産者から鶏を取り寄せている。毎週木曜に配達され、週末にたくさん注文が入ると、週明けにはもう売り切れで、メニューから外すこともあるそうだ。


ローストチキン

丸鶏をそのまま焼いてから切り分け、小粒のジャガイモが添えられたこのひと皿を目当てに、毎回やってくるアメリカ人ツーリストがいて、チキンがないと帰ってしまうという。身のしまった鶏肉は余計な脂っぽさがなく、それでいて飽きのこない風味があり、確かに美味しい。鶏肉と同等に、もしかするとそれ以上にジャガイモも味わい深く、お腹も気持ちも満ち足りる。

ある日、定位置に掲げられたホワイトボードのメニューに、ブランケット・ド・ヴォー(仔牛のクリームシチュー)が書かれていた。この店で見たのは初めてだった。隣のテーブルに座ったムッシュは鴨のコンフィを食べていて、それをちらっと見た後、「私もコンフィにします」と言った矢先に、見つけてしまった。

正確には、「ブランケット・ド・ヴォー・ア・ランシエンヌ」とあった。私はこの「ア・ランシエンヌ(à l’ancienne=昔ながらの)」という言葉に弱い。

注文票を手に私の様子を伺っていたムッシュに「いつもはないですよね?」と尋ねたら、「ない」ときっぱり言うので、ブランケットにした。付け合わせはピラフが定番で、クリームソースとごはんの組み合わせが大好物な私は、ブランケットもやはり大好きな料理だ。

果たして、5分も経たずに出てきたそれは、ごはんが添えられているのではなく、ごはんの上にソースがかかっていた。なんと、フランスでこんな風に出てくることがあるなんて。さながら、中華丼である。気取りのない盛り付けそのままに、気を楽に食べられる、初めて食べるのにどこにも違和感を覚えない、これから自分が定期的に食べに来ることになるだろうと予想させる味だった。つくられるのは大抵木曜、たまに水曜らしい。


カウンターに立つオーナー

食べ始めるときに「ボナペティ!」と言ってくれた、隣のテーブルのムッシュは、私が食べ終えるのを見ると「美味しかった?」と聞いてきた。そして私の答えを待たずに「何もサプライズはないでしょ?」と続けた。その表情は穏やかで、ほんのり嬉しそうで、付け加えたひと言が、褒め言葉であることがわかった。

「そうですね、何も驚きはなかったです」と答えると、そうだろうそうだろうとでも言いたげに頷いて「何も変わったところがない、いつもとまったく一緒。それが良いんだよ」としみじみ呟いた。

彼は30年ほど10区のサンマルタン運河近くに住んでいたけれど、今は地方で暮らしていて、用事があってパリに来るたびに、ここで食事をして帰るのだそうだ。
次ページ > カウンターに座るのは常連客

文・写真=川村明子

ForbesBrandVoice

人気記事