「人工共感」で世界を変えるイスラエル人起業家が歩んだ道

テルアビブ大学構内にあるスタートアップ育成拠点「カプスラ」の前に立つ、ムーディファイのシャロンCEO。機械工学に心理学を応用した技術をもとに、自動車事故や危険運転を根絶することを目指している。


その後、イスラエルのモビリティ関連のイベント「エコモーション」に参加したところ、欧州の大手自動車メーカーが同社のテクノロジーに関心を示し「この技術を自動車関連で活用すべきだ」と薦められた。

「イスラエルの起業家の強みは、柔軟にピボット(事業転換)を行うことだ。コアとなる技術を決めたら、需要がある領域に事業モデルを合わせていく」とシャロンは話す。その後、知人の紹介で日本人の投資家から約10万ドルの資金を得て、技術開発を加速させた。

18年1月には、日本の自動車関連のイベントに登壇し、大手メーカーからの注目を集めた。当時の同社のシステムは、ドライバーの心理的ストレスを検知すると、音や光で警告を発するものだった。しかし、さらにその後「香りを警告に活用する仕組みの開発」に乗り出した。

同社は現在、AIを用いたスマート・ディフューザー(香りを放出するスマートデバイス)の開発を進めている。

「眠気を検知した場合には覚醒作用をもつフレグランス(香り)を放出する。鎮静作用をもつフレグランスや、匂いをブロックするものもある」(シャロン)
 
フレグランスの研究は、イスラエルの高等教育機関のワイツマン科学研究所と共同で進めている。今年2月、ベルリンで開催されたカンファレンス「WeTech Berlin」で、シャロンはこう説明した。

「人間の鼻は外部からの刺激を、フィルターを通さずに脳の辺縁系に伝える唯一の感覚器官だ。反応速度はミリ秒単位で、香りを認知する前に人間の意識をコントロールする。コンピュータビジョンを用いた実験で、個々の香りが被検者の表情にどんな変化を与えるかを観察している」

まずは車内という狭く閉ざされた空間で完成度を高め、将来的にはこの技術を工場や大規模なスポーツスタジアムに導入するのが今後の計画だ。「匂いをブロックする技術は、清潔さを好む日本の消費者にも受け入れられるはずだ」

ムーディファイは、6月にルノー日産連合がテルアビブに開設した「アライアンス イノベーション ラボ」の参加企業にも選ばれた。同社が拠点を置くのは、テルアビブ大学構内のスタートアップの育成拠点「Capsula(カプスラ)」だ。

カプスラを運営するイスラエル政府直下の団体「フューエル・チョイス」は、モビリティ分野のイノベーションで、25年までに石油依存度を6割削減する目標を掲げる。その背景にも、産油国に囲まれたこの国が、脱石油化で安全保障上のリスクを減らしたい意図が伺える。

シャロンに話を聞いたのは今年3月、パレスチナ自治区のガザ地区からのロケット弾がテルアビブ市内に着弾し、イスラエルが報復措置を行った数日後だった。

「この戦いは100年経っても終わらないかもしれない。自分は戦争には反対だが、理想主義者でもない。武器ではなく話し合いでものごとを解決すべきだと思うが、自衛のための防御は必要だ」と彼は言う。

現在の社員数は7人。少数精鋭のユニットで、自在に姿を変えつつテクノロジーに磨きをかけていく。

「爆弾や催涙ガスで敵の戦意を奪うのではなく、香りでそれが実現できるのであればそのほうがいい。知性やテクノロジーで解決できる問題は多い」(シャロン)

40代半ばで起業した彼の心のルーツは今もしっかり、爆弾が飛び交う戦地の泥の中にある。

取材・文=上田裕資 写真=Jonathan Bloom

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