シネマの女は最後に微笑む

イザベル・ユペール(Photo by Gabriel Olsen/FilmMagic)

今月上旬、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏が、MITでのすべての役職を辞任するとのニュースが報じられて話題となった。未成年者の人身売買容疑で再逮捕された後、8月に獄中で自殺した億万長者ジェフリー・エプスタインから巨額の寄付金を受け取っていたと、ニューヨーク・タイムズに報じられたためである。

エプスタインが引き起こした事件の深刻さは、アメリカでは、ハリウッドをゆるがした元大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏の性暴力告発以来のものであろう。

日本では今月に入ってからも、知的障害の女性へのわいせつ行為をした男、女子中学生を動画盗撮した行政課長、アイドル女性にわいせつ行為をしたファン、レンタルルームで10代女性にわいせつ行為をさせた男など、性犯罪の報道が後を絶たない。

一方レイプ事件の多くは、被害者に少しでも意識があれば抵抗不能状態とはみなされず、暴行にはあたらないとして不起訴となるケースが増えている。この連載で以前取り上げた1988年のアメリカ映画『告発の行方』の展開と同様の、被害者には厳しい状況が続いていると言えるだろう。

こうした中で、被害者然としない被害者を描いた「レイプ映画」として話題になったのが、『エル ELLE』(ポール・バーホーベン監督、2016)だ。主演のイザベル・ユペールは第89回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。

息子にも母にも頭を悩ませて…

突然家に押し入って来た覆面の男に連打され強姦されるという衝撃的なシーンから始まるこのドラマにおいて、観る者は最初、ヒロイン、ミシェル(イザベル・ユペール)の内面の読めなさに戸惑う。

怪我をするほどレイプされても、警察に届けるわけでも誰かに相談するわけでもない。バスタブの泡の中から浮かんでくる股間の鮮血にも顔色一つ変えず、撃退スプレーや斧を購入して反撃の機会を窺っている。

多くの性暴力被害者が陥るような苦悩や絶望や恐怖は、口を真一文字に結んだクールな眼差しの彼女の表情からは読み取れない。一体ミシェルはどんな女性なのか?

パリの高級住宅街に一人暮らしのミシェルは、怪物が女を陵辱するエログロ趣味満載のゲームを製作しているゲーム会社の社長。はっきりものを言うワンマンな彼女のやり方に反感を抱く社員がいる一方、憧れる社員もいる。

共同経営者のロベールとは不倫の関係にあり、同じく社内にいるその妻アンナとは古くからの親友だ。元夫のリシャールとは友人で、作家として落ち目の彼を気にかけてはいる。

リシャール以上にミシェルにとって気がかりなのは、夫に似て優柔不断な一人息子ヴァンサンで、紹介されたフィアンセの女が気に入らない。向こうも嫌われているのを察知して、ミシェルに反発する。一方、自分の経済援助を受けつつ若い恋人を連れ込んでいる一人暮らしの我儘な老母も、頭痛のタネだ。

一見複雑で厄介な人間関係に囲まれているようでありながら、その一つ一つはわりとありふれたものである。こうした中で、あたかも鉄の鎧をまとって見えないものと戦っているかのようなミシェルの精神構造が、何によって作られたかが、徐々に明らかになっていく。

文=大野 左紀子

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