エストニアで警察に連行されて知った、電子国家の不都合な真実

写真=Toolbox Estonia




結局、私が取るべきだった行動は、メールで大家に電子署名を催促するか、大家を介さず、日本と同じように市役所へ足を運び登録を済ますかの2択だった。いずれにせよ、ユーザー間のインセンティブがうまく設計できていないことで、ルールに従順に動いているユーザーが余計なコストをかけなければいけない不条理な構図が生まれてしまっている。

コミュニケーションコストを減らし、人々の社会活動を円滑化してくれるはずのデジタル技術が、技術自体とは全く関係ない「ユーザーの協力行動を引き出せるか」という問題によって上手く機能していない。さて、こういったパラドックスをいかに解消することができるだろうか。

インセンティブ設計が鍵

電子行政を基盤とした次世代社会の構築に向けて、テクノロジーで何を可能にするか、何を解決するのかといった議論には多くの関心が集まるだろう。

ただ、そのテクノロジーを中心に据えながら、社会の仕組みをどのように設計するかについてはどれだけ考慮されているだろうか。

特に昨今では、ブロックチェーンの安全性などが多くの関心を集めている。たしかに広義の意味でブロックチェーンは、記録されている情報の耐改ざん性を証明する仕組みではある。

しかし、もしブロックチェーンに記録されるデータが外側から人またはAPIなどで入力される場合、そのデータが記録される前の段階で正しくなかった場合には、不正なデータがブロックチェーンに記録され、そのデータは修正されない(できない)ことになる。

つまり、導入されるテクノロジーがいかに問題を解決するための潜在性を秘めていようと、情報の入力に人が介在する限り、正しい情報の入力を担保することができなければそのテクノロジーの有用性は発揮されない。

テクノロジーがどれだけ進もうと、それを使うのが“人”であることが変わることはない。したがって、ユーザー中心の大前提のもと、テクノロジー以外の法律や制度によるインセンティブ設計が必要不可欠なのである。

先進的な電子国家として躍進するエストニアですら、今回の一件のような事例が起きうることがわかった。2019年3月に「デジタル手続法案」が閣議決定されるなど、電子行政の導入に向けた動きが盛んになりつつある日本も、こういった課題に直面するのは必至だ。

デジタル社会において、あらゆる利害関係をうまく調節し、情報の正確性を担保していくこと。それこそが「正直者が馬鹿を見ない世界」の実現に向けた鍵となりえるだろう。

日本人が知らないニッポンのみらい
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文=日下 光 構成=細井 響 写真=Toolbox Estonia

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