僕が特に感動したのは、ほとんどの選手が20代にもかかわらず、非常に落ち着いていて、プレッシャーを感じながらも丁寧に全開でバトルしたことだった。しかも、4回のレースで乗るマシンはコルベット、カマロ、Eタイプ、マスタング、フェアレディZといったクラシックカー、インプレッサ、ランエボ、トヨタ86などの最新のマシン、またはフォーミュラカーまでバラエティに富んでいて、選手たちはすべての車種を上手に乗り回す必要がある。さらに、今回の「ネイションズ・カップ」では、初の「雨のレース」が試された。濡れた路面に反射するヘッドライトの光とマシンに降る雨の雫は超リアルだった。
チーム戦の「マニュファクチャラー・シリーズ」でも、4つのレースを4つのサーキットで勝負した。ドイツ、日本、英国、韓国、アメリカから12のカーメーカー、3人体制の各チームがバトル。最終レース「ニュルブルクリンク」最後の一周の最終コーナーまで激戦を繰り広げたのはトヨタ・スープラとメルセデスSLS AMGだったが、接触してしまい、結局スープラが勝利を飾った。そのトヨタ・チームのエースドライバーの山中智瑛(ともあき)選手は「チームメートに感謝したい。いいチームに恵まれて本当にうれしいです」と興奮を隠さなかった。
でも、ちょっと想像してみてほしい。世界各国からグランツのトップドライバーがニュルブルクリンクに集まり、バーチャルの世界一決定戦を決めるレースをプレイ、つまり参戦している最中、彼らが子供の頃から夢見ていた本物のニュルブルクリンク24時間耐久レースがすぐ隣で、しかもリアルタイムで繰り広げられている──。そう考えると脈拍がさらに加速する。
大会の進行を見守る「グランツーリスモ」の山内一典プロデューサー(Photo by Adam Pretty/Getty Images for Gran Turismo)。
グランツのレースを見ていても、リアルの画像と区別がつかないことがほとんどだけれど、雨のレースはもっとリアルだ。その雨のレースを10分ほど見ていたら、なんと隣の画面に映っている本物の24時間耐久レースでも雨が降り出した。どっちがどっちだか本当にわからなくなった。でも、なぜ今までにないほどリアルに感じられるのか、グランツのプロデューサー、山内一典に聞いてみた。徹底的にクルマとコースを再現するだけでなく、周りの木や花も細密で植物学的に正確。自然光や雲、それにエンジンサウンド作りに徹底的に力を入れているとのことだ。「じつはエンジンサウンドは本物より格好いいんだよ」と彼は話す。山内は超完璧主義だ。
グランツは完全にゲームを超えたドライビング・シミュレーターに成長した結果、世界のモータースポーツを運営するFIA(国際自動車連盟)にモータースポーツとして初めて認定された。それはどういうことかというと、年間の優勝者はFIA主催の表彰式で、F1王者のルイス・ハミルトンと同じステージでトロフィーがもらえることを意味する。
グランツの選手たちが走るコースはバーチャルでも、手にするトロフィーは本物だ。eSportsで、こんなに現実世界との境界線を越境する競技は他にはないだろう。
ピーター・ライオン◎モータージャーナリスト。西オーストラリア州大学政治学部 日本研究科卒。1983年に奨学生として慶應義塾大学に留学。Forbes、Car and Driver(米)、Auto Express(英)、Quattroruote(伊)などへ寄稿多数。ワールド・カー・アワード賞会長のほか、日本カー・オブ・ザ・イヤー賞選考委員を務めている。