イスラエルで体感した「ロシア製自動運転」の破壊的ポテンシャル

テルアビブ市内を走行中のヤンデックスの自動運転車両と、ドライバーのレオニード・シャベルブ(31)。


「自動運転の本格的な普及には、適度な法的枠組みが必須となる。そのために必要なのはデータの蓄積だ」と話すのは現地のモビリティ関係者だ。「これは個人的推測だ」と前置きしつつ、彼はこう続けた。

「イスラエル政府は世界の最先端企業の知見と走行データを入手し、世界で初の『自動運転車を交通法の枠組みに取り入れた国』になろうとしている」

ウーバーが配車サービスとしての地盤を築けた背景には、米カリフォルニア州がテクノロジー企業に示す、柔軟な法的姿勢があった。イスラエル政府は、モビリティ企業にサンドボックス(実験場)を提供することで、次のシリコンバレーの地位を狙っているのかもしれない。
 
一方で、ヤンデックスが次世代の人材育成を考えるうえでも、イスラエルは重要な拠点だ。ロシアからの移民が多いこの国では人口の約20%がロシア語を話し、2国間はビザなしで往復可能だ。ヤンデックスは自動運転をイスラエルで開始する以前から、テルアビブに拠点を置いてきた。18年春に開設したデータサイエンススクールの「Yデータ」だ。この講座は初回に400人を超える応募者を集め、そこから厳選した50人にマシンラーニングなどの知見を叩き込んだ。

「人材の確保はテクノロジー企業の生命線だ。大学で教える知識は企業のリアルなニーズに合致しない場合もある。そのギャップを埋めるのがYデータの役割だ」
 
そう話すYデータ主任のコンスタンチン・キリムニック(35)も、ユダヤ人家庭に生まれ、旧ソ連のウクライナからイスラエルに移住した経歴をもつ。テルアビブ大学でエンジニアリングを学んだ彼は、オラクルに勤めた後、知人の紹介でヤンデックスCEOのアルカディ・ヴォロズ(55)に出会い、現職に就いた。ヴォロズもユダヤ人で、頻繁にイスラエルを訪れている。

5月のモスクワのカンファレンスのステージ上で、ヴォロズはこう宣言した。「ヤンデックスはいまや、複数の国で自動運転テストを行う世界でもまれな企業になった。テルアビブで自動運転ができるのなら、世界のどこに行ってもできる」


ヤンデックス共同創業者兼CEOのアルカディ・ヴォロズ(左)と、同社のデータサイエンススクール「Yデータ」主任のコンスタンチン・キリムニック(右)。

フォーブスU.S.の推定で、保有資産15億ドルのヴォロズは、滅多に海外メディアの取材に応じない。その彼が本誌のカメラの前に立ち、柔和な笑顔を浮かべつつ同社の未来について語った。

「当社はこれまでロシアをベースに、デジタル市場のエコシステムを築いてきた。創業当初からマシンラーニングを検索エンジンやレコメンド、コンピュータビジョン、地図サービスなどの領域に用いてきた」

将来的に日本企業と提携を結ぶ可能性はあるかと尋ねると、ヴォロズは「もちろん、それが我々の願いだ」と話した。

「ヤンデックスの究極のゴールは、ロシア発の先端技術を世界に発信することだ。日本の自動車産業や、フランスのワインのように、ロシアはハイテク製品の源泉になれる。自動運転の実用化には、洗練された機械エンジニアリングと、高度なソフトウェア技術の組み合わせが必要だ」

広報担当者によると、ヤンデックスの車両の自動運転モードでの累計走行距離は今年9月時点で100万キロを突破したという。50台以上のテスト車両が収集するデータは1日あたり20テラバイトに及び、合計の走行距離は1日に1万5000キロに達している。

ヤンデックスがトヨタのプリウスに搭載した自動運転システムは、周囲360度の物体を誤差2cm以内の精度で検知する。前方のレーダーは、最大250m先の車両の速度をリアルタイムで把握可能だ。

西側メディアのレーダーから身を潜めるように発展を遂げたロシア製の自動運転技術が、中東のイスラエルで完成度に磨きをかけ、世界に飛び出そうとしている。

取材・文=上田裕資 写真=Jonathan Bloom

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