もしもいま、目を閉じていたら、このクルマが自動運転で走行していることになどまったく気づかないだろう── 。トヨタの「プリウス」の天井に大型のセンサー類を取り付けた車両は外見こそ物々しいが、乗り心地は普通のEV車とほとんど変わらない。静粛な車内にはエアコンの音のみが響く。
しかし、運転席に目をやると、この車両がSF映画じみたハイテクで制御されていることに気づく。ドライバーは両手を膝の上に置き、ステアリング操作を行わず、ハンドルはぐるぐると自動で回転している。車内のタブレット端末には周囲360度の車両や信号、標識、歩行者、そしてペットの犬までが立体3D画像で映し出されている。
信号で停車すると、隣のクルマのドライバーがウィンドウを全開にして、好奇心むき出しの目でこちらを見た。
「イスラエルにはテクノロジー系企業の社員が多く、細かなスペックを聞かれる場合もある。もちろん、企業機密にかかわる質問には、黙って笑っている」とドライバーのレオニード・シャベルブ(31)が話す。
シャベルブはロシアのモスクワ航空大学を経てイスラエル工科大学に進み、航空関連のスタートアップに勤務した後、2016年にこのクルマを走らせるロシア最大手のテクノロジー企業「Yandex(ヤンデックス)」の自動運転部門に加わった。
「母国を代表するハイテク企業で自動運転の開発にかかわれて光栄だ。この分野には自分のような航空分野のエンジニアに加え、ロボティクスやAI(人工知能)の最先端の知見をもつ人材が集まってくる」
人口1.5億人のロシアを代表するテック企業
ここ最近、自動運転が話題にならない日はない。そんななか、世界的にノーマークだったにもかかわらず、急浮上し、自動運転分野で米国企業の覇権を脅かす企業がある。それが、人口約1.5億人のロシアで検索エンジン市場の6割を握り「ロシア版グーグル」と呼ばれるヤンデックスだ。
17年に自動運転車の開発を始動した同社は今年1月、米国際家電見本市「CES」で、運転席が完全に無人の自動車を走行させた。
「アメリカで試験走行を行うのはCESが初めてだった」とシャベルブは言うが、このとき、彼らは現地で中古のプリウスを購入し、センサーやコンピュータを組み込み、完全なデモ走行を実現し、世界を驚愕させた。
「数名のエンジニアがロシアから乗り込んで、地図データの精査などを行った。ビザの問題で入国が遅れたメンバーもいて、少々焦る場面もあったけどね」とシャベルブが余裕の笑みを見せる。
ヤンデックスは、今年3月、韓国の現代自動車に自動運転システムを提供する契約を締結。昨年末からイスラエル運輸・道路安全省の許可を得て、テルアビブ郊外でテスト走行を重ねている。
厳寒の大地が生んだ自動運転技術
ウェイモやウーバーなどの米IT企業が、温暖な米国のフロリダ州で自動運転のテストを進めてきたのとは対照的に、ヤンデックスの自動運転はマイナス20°Cの極寒のロシアで始動した。公式サイトでは雪の降りしきるモスクワ郊外のIT都市スコルコボなどで実施された、耐久試験の模様が公開されている。