情熱の「本物」と「偽物」の見極め方
──「本物の情熱」と「偽物の情熱」はどう違うのでしょうか?
「本物の情熱」は、寝ても覚めても頭にこびりついて、離れない情熱のことです。お風呂に入っている時も、寝ようとしている時も、歩いている時も、勝手に考えてしまう。無意識の中でも考えるようになっていることは「本物の情熱」といえます。
一方で、「偽物の情熱」は長続きしないものです。誰でも「ちょっとやってみたいな」という気持ちになることはありますよね。しかし、それだけでは長続きしません。
例えば、「新規事業を考えよう」と思いを巡らせてパッと閃くことがあるでしょう。ですが、それだけでは「偽物の情熱」です。どんなことがあっても持続する「本物の情熱」を見極めることが大切ですね。
──梅田さんは本物の情熱であるかどうかを、どう見極めていらっしゃいますか?
私はとにかく自問自答を繰り返します。歩いている時や通勤の時など、無意識に考えてしまっていることに対しては、「本物の情熱なのかもしれない」と思いを強めていくのです。私は、この”常に考えてしまう状態”のことを「無意識の中の意識」と呼んでいます。
人によっては、誰かとディスカッションする中で、「いろいろな人に反対されようが、何を言われようが、自分はこれをやりたいと思っているんだ」という思いに気づく人もいるでしょう。
私にとっては、「無意識の中の意識」が、本物の情熱かを見極めるリトマス試験紙になっていますね。
──梅田さんは、昔から情熱的なタイプだったんでしょうか?
学生時代は、何をやっても長続きしない、すぐに飽きてしまうタイプでした。情熱的とは程遠いタイプですね。
しかし、振り返ってみると、小学生の頃、野球にはとにかく情熱を傾けていたんです。仲間たちと一生懸命練習をして、試合で勝っても泣くし、負けても泣く。本当に純粋に熱中して、喜怒哀楽を表に出していました。
学生時代の私は、野球と同じぐらい没頭できる、心の底からワクワクできる対象をどこかでずっと探していました。そして、ようやく27歳の時に現在のSPEEDAの原案を考え、ユーザベースを創業しました。
だから、今情熱をもっていない人もいずれ本物の情熱に出会うことがあります。その瞬間に、情熱に正直になることを大切にしていけばよいと思います。