「クリフォードを探せ」という宇宙軍からのミッションを受けたロイは、父との交信を果たすべく、通信施設のある火星への経由地、月面の宇宙基地へと旅立つ。しかし、そこは無法地帯となっており、資源をめぐる激しい戦いが繰り広げられていたのだった。
1968年に公開された「2001年宇宙の旅」では、巨大な宇宙船が優雅に飛行する映像が実に印象的だったが、この「アド・アストラ」も最新の技術を用いて、宇宙ステーションやロケットが舞う宇宙空間の様子をダイナミックに描いている。
しかも「2001年宇宙の旅」では、人類は木星まで有人飛行をしていたのだが、この「アド・アストラ」では、木星の外側にある土星を超えて、はるか海王星にまで宇宙船が到達している。半世紀を経て、映画では、少し進歩したことになる。
一方、太陽系の果てで失踪した主人公の父親クリフォード司令官だが、これは「地獄の黙示録」のカーツ大佐に当たる。カーツ大佐は、ベトナム戦争時にアメリカ軍の命令に反旗を翻し、カンボジアの密林に独立王国を築いていた人物で、映画では、そのカーツ大佐の暗殺を命じられた主人公の決死行が描かれている。
実際、「アド・アストラ」の監督であるジェームズ・グレイは、「ジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』や映画『地獄の黙示録』のことを考え始めて、この作品のアイディアが生まれた」と語っている。言うまでもなくコンラッドの『闇の奥』は『地獄の黙示録』の原作だ。
また、グレイ監督とともに共同で脚本を執筆したイーサン・グロスも「登場人物が変身や成長を遂げる旅」を描いたとして、頭の中には「2001年宇宙の旅」と「地獄の黙示録」があったと証言している。
何の事前知識もなく、「アド・アストラ」を観た際に受けた印象は間違いではなかったわけだ。
宇宙空間に人類は適していない
(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
「アド・アストラ」は、いわゆるスペース・アドベンチャー作品ではない。もちろん、作中では、月面走行車での「カーチェイス」のような戦闘シーンも登場するが、これはいわゆるサービスカット。作品の基底部分には、人類が宇宙空間を高速で飛行するとき精神にどんな影響が現れるのか、そのようなリアルなテーマが流れている。
作中で何度も描写される、地上基地からの宇宙飛行士たちへの精神状態の確認作業のシーン。宇宙という空間に漂う人類にどのような変化が起こるのかを、作品では事細かに突き詰めていく。地球外知的生命体の発見に取り憑かれたクロフォード司令官も、そんな宇宙空間のなかでの精神的犠牲者としても描かれている。
「2001年宇宙の旅」では、宇宙船に搭載された人工知能「HAL」に異常が生じるのだが、この「アド・アストラ」では、人間に対してそのことが問いかけられているのだ。