「全米球場跡地巡り」に感じるロマン

1960年のワールド・シリーズ、フォーブス・フィールドで行われたヤンキース対パイレーツ戦で2塁を守るビル・マゼロスキー(写真=Hy Peskin/Getty Images)

野球の醍醐味は、やはり野手のぎりぎりのところでのファイン・プレイであり、塁上でのクロス・プレイだ。その野手の華麗なプレイに欠かせないのがグローブである。野球がこれほどまで魅力的なスポーツになったのには、グローブの存在が大きい。

スポーツの世界では、様々な道具を使うが、野球のグローブほど使えば使うほど、体の一部と化す道具は少ない。心を込めて丁寧に手入れすることにって、一生使うことだって可能だ。少年時代、野球を上達したければグローブを大切にしろと、教えられた人は多いはずだ。野球人にとって、グローブは一生のパートナーであり魂の一部なのだ。

僕は11歳の誕生日に父親からプレゼントされたグローブを30年近く愛用し、ボロボロになって使えなくなった今でも大切に保管している。では、プロ野球選手のグローブの寿命はどのくらいなのだろうか。毎日、グラウンドでの真剣勝負において、グローブを酷使するプロ選手、しかも守備の名手の中にも、グローブを自分の体の一部に変え、長いプロ野球人生において、それを使い続けた選手がいる。

メジャー・リーグでも活躍した新庄剛志氏は、阪神タイガースに入団した1990年、最初の給料でデサント社のグローブを7500円で購入し、以来、2006年に引退するまでの17年間、ずっと同じグローブを使い続けた。彼は、日本とアメリカの球団を渡り歩き、背番号も変わったが、阪神タイガースのHTのロゴマークと入団当時の背番号63が刺繍されたそのグローブを何度も修理しながら使用し続けた。彼は、現役時代、このグローブについて、「これはもう、僕の手なんですよ、手」と言っていたという。

彼は、2006年の引退会見で、「このグローブを常に携行し、遠征先でもテレビの上に置いて湿らないように気遣ってきたが、このグローブがもうプレイできない。もう限界と言っている」と語り、このグローブの限界を自らの引退の理由にあげたほどだ。2011年に父親が他界した際、彼は、父親の棺の中にこの愛用グローブを納めたという。

名捕手ヨギ・ベラは、生前こんな言葉を残している。

「何歳であっても、どのレベルのプレイヤーであっても、野球のグローブ以上に自分らしいもの、自分にとって特別なものはない」

文=香里幸広

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