ウェブデザイナーから装幀家へ 時代に逆行した職業を選択して見えたもの

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そんな状況であったにもかかわらず、当時の編集長であった山川健一氏(小説家)は、持ち前の軽やかさで「いいじゃん」と根気良く私を使ってくれた。そして、五木寛之氏の小説『風の王国』をアメーバブックスで復刊するという企画が持ち上がったとき、装幀を担当しないかと声をかけてもらう。

なぜ駆け出しの私が担当させてもらえたのかはいまとなっては分からずじまいだが、当時の私には緊張を強いられる大仕事だった。幾度も五木氏ご本人と面談させて頂いて、直接のアドバイスを受けながら、なんとか完成にこぎつけた。


五木寛之著『風の王国』の装幀

カバーに配されている山は、小説に登場する二上山という奈良県にある山だ。五木氏からモチーフにしてほしいとのことで入れたものであるが、写真を合成してMacBookでレイアウトしている作業中、私のなかで何か腑に落ちるような、はたまたバラバラのパズルが磁石のように吸い寄せられるような“感覚”があった。もしかすると、作者が見ていたビジョン(視点)を共有することができたのかもしれない、と思えた不思議な瞬間だった。

また、このアメーバブックス版『風の王国』は、縦組みが常識とも言える小説であるにもかかわらず、横組み体裁となっており、ITの遺伝子をもったベンチャー出版社らしい果敢な取り組みだったとも言える。当時の携帯小説ブームも影響していたと思う。この本が出版されたのは初代iPhoneが登場する前年の2006年で、みんなまだガラケーをポチポチしていた時代だ。

私はこの本を担当させてもらったあたりから、装幀の面白さに魅了されたと思う。全ては作者の言葉の連なりから始まり、印刷所を介して紙に印字され束ねられ、「本」という物体としてこの世に産み落とされる。

その時、どんな衣装を着てどんな表情をしているのだろうか? その存在の意味とは? ウェブ・デザイナーだった私が、いつの間にか、「装幀家モドキ」として、そんなことを考えるようになっていた。



大げさかもしれないが、モニター上のRGBの残像が、本という立体物として「現実に」存在するようになる、それ自体がとても新鮮で感動的な体験だったのだ。私は次第にwebへの興味よりも「本」というオフラインのモノに取り憑かれていく。それはおそらく時代の流れに逆行することになる、ということに気付いていないわけでは、なかったけれども。

文・画像=長井究衡

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