放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。


残りの2つのサウナも非常に素晴らしかったが、入れなかったソンパサウナに強烈に惹かれた理由は3つある。1つ目は、完全に自己責任の世界だということ。荷物の管理も、裸の男女が同じ空間にいることも、温まった体を冷やすために海に飛び込むことも、すべてが自己責任で、真の大人でないと成立しない。

2つ目は、完全に寄付とボランティアで成り立っていること。テーブル、椅子、新しい小屋、薪、水など、どれも誰かの善意によってつくられたり用意されたりしたもので、ここに関われる面白さや幸せが体現されている場所なのではないかと思う。

3つ目は、ヘルシンキ市の許容量の大きさだ。普通であれば、他人の土地に勝手につくられた違法建造物は撤去されてしかるべきだが、市は自然発生的に誕生したソンパサウナの存続を認め、ついには文化勲章まで与えたというからすごい。日本でも国や自治体が「これは観光資源になる!」と思ったら、ルールや制度を整えてもいいから、思い切った規制緩和をすべきなのではないだろうか。

文化を市民の手で受け継いでいく

僕が初めてヘルシンキを訪れたのは、50歳で1カ月休暇を取ったときのことだ。本筋からはちょっと外れるが、50歳で1カ月休むことは意味があると思う。30〜40代で1カ月も休んでチャンスを逃すのはもったいない。でも、60歳までの10年という階段をどう上るかを考えたとき、50歳で「人生のハーフタイム」を設けるのは、よい時間になる。

ヘルシンキはその休暇の終盤でバルト海を船でめぐったとき、食事にだけ寄った。そのときはサウナに興味がなかったし、当時のヘルシンキは公衆サウナが激減していたのだ。

ところが、日本の若者が潰れかけた銭湯を復活させるがごとく、ヘルシンキでも新しくユニークな公衆サウナがあちこちにでき始めたと聞いた。特にすごいと思ったのは、16年に誕生した世界初の「スカイ・サウナ」。これはなんと「市民の強い要望」により、巨大観覧車スカイウィールのゴンドラひとつがサウナになったもの。市内の風景を楽しんだあとは、地上に設置されたジャグジーに入れるらしい。市の公衆サウナを回るときに持参するとスタンプがもらえる御朱印帳のようなものもあり(スタンプ自体はものすごくショボいのだが)、市民があらためてサウナ文化を盛り上げていることが感じられる。

思えば、人生で心に残るサウナは大学時代にさかのぼる。卒業制作のために取材していた北海道帯広のソーセージ職人・平林英明さんは、牧場の敷地内に流れる川のほとりにサウナ小屋を建てていた。燃やした薪の上に大きな石が置かれ、その上に雪を乗せると、ジューッと蒸気が立つ。汗だくになったらサウナから出て、雪で冷やしたビールを飲み、氷を割って川に入る。これ以上ないくらいのワイルドさではあったが、それが「サウナ最高!」と思った初体験だった(まさにソンパサウナを先取り!?)。

さて、件のソンパサウナは「移転先募集」とのこと。だが、この分だと篤志家がユニークな場所を提供してくれそうな気がする。そうやって国の文化がきちんと守られ、受け継がれていくという点でも、世界幸福度ランキング1位であることが頷けるというものだ。

イラストレーション=サイトウユウスケ

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