世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

Mr.Doodleによるライブペインティング

フリーハンドによる自由な線が金屏風をくまなく埋め尽くしていく──。

9月の午後、強い日差しの下、居合わせた観光客が次々にスマートフォンをかざす。インスタグラムで245万人ものフォロワーを持つグラフィティ・アーティスト、Mr.Doodle(ミスター・ドゥードゥル)のライブペインティングから、「artKYOTO2019」がはじまった。

9月7日から9日にかけて「日本文化を象徴する特別な場所でアートに触れてほしい」と、世界遺産・二条城を舞台に古美術から現代美術までが多数展示即売された。時空の異なる京都でのアート体験が、ビジネスへの創造力や発想力の源になりうる予感が色濃くただよう。

日本最大のアートフェア「アートフェア東京」と比べて小規模ではあるものの、出展した31のギャラリー・美術商の内11軒が京都に拠点を置いており、この街の文化的土壌を強調した顔ぶれが印象的だった。

メイン会場である二の丸御殿台所・御清所(にのまるごてんだいどころ・おきよめどころ)は20を超えるブースに分かれ、「OVER THE INFLUENCE」 が展示するTAKU OBATAの等身大の木彫作品や、「清昌堂やました」が出品したガラスの茶室、「秋華洞」の手のひらにおさまりそうな円空仏など、宝箱をひっくりかえしたような感嘆と喧騒に満ちていた。

なかでも目をひいたのは、「ART OFFICE OZASA」が出展した国谷隆志の「Cash Work 2019」。本物の1000円札が一枚展示されており、購入者は1000円札紙幣でのみ、それを購入・交換できるというのだ。いくつも連なった売約済みのシールは実際に交換した人の数を示すという。

作家が用意した作品としての1000円札と、購入者が支払う貨幣としての1000円札。同じ価値を持つ紙幣はその場で交換され、一方は貨幣からアートとなって展示され、もう一方はアートから貨幣となって購入者の財布にしまわれる。観客の参加を促し、視点をずらし、世界を少しだけ揺さぶってみせる。作家のたくらみが、思いがけず楽しい。


「古美術 柳」による平安時代の木彫りの仏像の展示

広大な二条城の東南角。ふだんは非公開の東南隅櫓(とうなんすみやぐら)にたどりついたとき、そのしずけさと暗さに場所を間違えたかと一瞬戸惑った。

江戸時代には見張り台や武器庫として使用されていたという建物の内部は、窓が少なく、明かりが入ってこない。高い天井に漆喰の壁がひんやりとした冷気を放ち、時間がさかのぼっていくような錯覚を覚える。「古美術 柳」はここに平安時代の木彫の仏像を置き、ピンスポットの照明でドラマチックな陰影を施した。

その奥には円山応挙の虎図。美術館のように作品を隔てるガラスの壁はない。手を伸ばせばふれられる距離に、画家の筆使いが生々しく迫る。大きく見開かれた目、鋭い牙、張り詰めたひげ。緊張感ただよう表情とは対照的に、全体はふわふわと猫のようにやわらかそうな毛皮で包まれている。

当時、生きた虎を見た人は日本にはまだいなかったという。稀代の画家に息づく徹底した写生の力としなやかな想像力は、時の流れにあらがっていまだ見る者を射すくめる強烈な力を放つ。


「古美術 柳」による展示、円山応挙の虎図(部分)

鑑賞する、体験する、所有する……。アートとの向き合い方は様々だが、ひとつの作品から想像の翼をひろげ、今ここから一瞬だけ浮遊する。自由な精神のはたらきを許し、時空を超えて旅した後、わずかに離れた場所に着地する。そのズレが日常にこりかたまった思考をほぐし、世界を広げていく駆動力にもなるのだろう。まるで見知らぬ土地を旅するように。

とはいえ、よき旅にはよき案内役が必要。まずは行きつけのギャラリーを探すことからはじめてみるのがいいかもしれない。

文、写真=阿地あずさ

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい