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日本の眠れる才能、大企業の若い社員たち──。女性事業家たちの手で、彼らを覚醒させる試みが、京都で始まった。


6月、京都大学吉田キャンパスから歩いて5分ほどの閑静な住宅街に、赤いレンガに覆われたモダンな3階建ての施設が披露された。京町家を模した奥行きの広い建物には11の部屋と豪華なキッチンがあり、滞在者が長期にわたって濃密な時間を過ごし、コミュニケーションができるよう工夫が凝らされている。

「イノベーターのためのトキワ荘」と呼ぶと、関係者から怒られるかもしれない。しかし、ここは日本に初めて登場した、起業アイデアを持った異業種の大企業社員たちが共に暮らす、居住型のインキュベーション施設だ。

「本社にいたときは『いつか起業したい』なんて周囲に言えなかった。『会社辞めるの?』と引かれちゃいますからね。でも、ここの仲間は全員が各会社に在籍しながら、起業を本気で目指して進んでいる。仲間の存在に一番刺激を受けますね」

そう語るのは、富士フイルムのR&D統括本部に勤務する凌霄(リン・シャオ)だ。彼はいま、別の大企業に勤める同世代の社員8人と共にこの建物で暮らしながら、医療や創薬の研究コストを大幅に引き下げる新たな実験デバイスの開発に取り組んでいる。他の入居メンバーたちも各企業で働いていたときから構想を抱いてきたテーマで起業の準備を進めている。

ある者は海洋を汚染する微細プラスチックゴミの問題解決を目指し、別のメンバーは良質なタンパク質を含む海藻から肉の代わりとなる食品を生み出そうとしている。2019年6月から4カ月間、本社を離れてこの施設に暮らして事業化の目処をつけ、20年4月までに本格的起業に踏み切るのが目標だ。その間「同じ釜の飯」を仲間と共に食べながら事業アイデアを磨いていく。

この居住型異業種連携インキュベータ「toberu」をプロデュースしたのが、フェニクシーCEOの橋寺由紀子である。

「日本から未来のユニコーン・ベンチャーを創出するには、優秀な若い人材を起業に向かわせることが何より重要です。では、日本で優秀な人材はどこにいるのか。それこそが、大企業だと考えました。組織に在籍したまま彼ら彼女らが起業できれば、日本型イノベーションは爆発的に増加する可能性があります」

「日本型スーパーエコシステム」

一人で考えることのできる安全な場所を確保すること、非日常の場所に長期間滞在すること、共に暮らす「8〜9人」という規模。個人の能力を限界を超えて飛躍させ、イノベーションを生むコンセプトは、アメリカで製薬会社の起業経験を持つ実業家で、同社取締役の久能祐子が始めた社会起業家を育成する米「ハルシオン・インキュベーター」で培い、成功したモデルだ。

文=大越 裕  写真=井上陽子

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