人工知能が人間の知性を超えたとき、人類に残された選択肢とは何か。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第1回)

柴田裕之(左)と武田 隆(右)


武田:わずかな期間に、世界は大きく転換を遂げました。これもまた、すべて創造の産物といえます。産業革命まで、私たちはエネルギーを転換することができませんでした。風を使って船を動かしたり、木を燃やして鉄を打つことはできました。でもエネルギーが転換できたのは、肉体の代謝のみだったんですよね。

柴田:転換を操れるようになったというのが、産業革命からというのも、興味深い知見です。

武田: 200年前に起きた産業革命は、エネルギー転換をテクノロジーとして外在化した、劇的な転換だったのですね。

科学革命から産業革命の期間が、わずか300年。これにより、近世で人類史上初めて、争いのない平和な世界が訪れたと本の中では説明されていました。

柴田:依然として戦争やテロはありますが、割合からいえば激減しています。あとは病気も減っています。飢饉、病気、戦争に打ち勝ったと、ハラリさんは指摘しているのです。

武田:中世であれば神に祈って克服するしかなかった。それより前であれば、いけにえを出して、神に助けてもらうしかなかった。これを近世では、人間の力で克服してしまった。

柴田:その点では進歩がありますよね。乳児死亡率が減ったことは多くの人に幸せをもたらしますが、その裏には苦しみ(suffering)があります。ハラリさんは、この苦しみだけが、虚構ではないと言っています。苦しみは大切なよりどころであり、判断の基準なのです。お金は虚構ですが、苦しみは現実として存在します。その点からいえば、子どもが幼くして苦しんで死んだり、子に死なれて親が苦しんだりすることが激減したというのは、偉大な進歩です。



武田:戦争やテロのニュースは飛び込んでくるので、きな臭い時代に生きていると思いがちですが、統計的に見れば、暴力で死ぬ人が減って、自殺で死ぬ人の方が多くなった。いま、私たちが生きている時代は、飢饉と疫病と戦争を克服した、いわば、ホモサピエンスとしてのゴールともいえますね。

柴田:マイナス面が消えたという意味でのゴールですよね。人間の本質として、欲望がありますから、幸せの基準や判断は変わっていくのでしょう。それに、とめどなく求めていく性分もあります。ですから、私たちが何を求めているかをしっかり見極めなければなりません。何百年前の社会と比べ、いまの世の中がいいと言われても、満足するものではありません。ハラリさんはその本質をついています。


柴田 裕之(しばた・やすし)◎翻訳家。早稲田大学、Earlham College卒。訳書に、ハラリ『サピエンス全史(上下)』 『ホモ・デウス(上下)』のほか 、ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』、リドレー『繁栄』 (共訳)、オーウェン『生存する意識』 、リフキン『限界費用ゼロ社会』 、ファンク『地球を「売り物」にする人たち』 など多数。

文=武田 隆

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