人工知能が人間の知性を超えたとき、人類に残された選択肢とは何か。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第1回)

柴田裕之(左)と武田 隆(右)


「近代の『探検と征服』の精神構造は、世界地図の発展に照らして考えればよくわかる。(中略)よく知らない地域はただ省略したり、あるいは、空想の怪物や驚くべき事物で満たしたりされた。そうした地図に空白はなかった。だからそれらは、世界の隅々まで熟知しているという印象を与えた。15世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパ人は空白の多い世界地図を描き始めた。ヨーロッパ人の植民地支配の意欲だけでなく、科学的な物の見方の発達を体現するものだ。空白のある地図は、心理とイデオロギーの上での躍進であり、ヨーロッパ人が世界の多くの部分について無知であることをはっきり認めるものだった」(サピエンス全史・下・P103)

柴田:ここもハラリさんが熱くなるところですが、空白を認めるということができる集団と、できない集団があるんですね。つまり、無知を認めるか、自分は絶対と思っているかが、大きな境目となるわけです。荒っぽく大別するのであれば、自分が絶対だと思っている者は、悪い方向に行く可能性がある。宗教もまたそういうところがありまして……

武田:地図の未踏のエリアには怪物が書いてあります。人々が聖職者に「これは何だ」と聞くと聖職者は「我々人間が行くべきところではない。神が定めた場所である」と答える。聖職者が答えられず、聖書に書いていないことについては、知る必要がなく、重要ではないという解釈ですね。聖職者には知らないことがないという前提があり、過去に戻るほど黄金時代であり、そこに戻ることが人間的に幸せだと考えられていた。

また、お金持ちは、ラクダが針の穴を通るくらい、天国に行くのが難しいという例えもありました。これはパイの取り合いを未然に防ごうとしていたのでしょうね。

柴田:中世の経済においては、パイは増えませんから。「欲張ってはいけません」とも言っていますね。

武田:この「欲張るな」という概念は、今の私たちとはあまりに違いすぎます。だから、科学革命以前に思いをはせても、社会がまったく違うということで想像が止まってしまうでしょう。

柴田:しかし、この考えをうまく頭の中に取り込めば、現状打破の手がかりがあるかもしれません。資本主義国家は多くの問題を、経済を発展させることで乗り越えようとしています。しかし、過去を振り返ってみると、従来のパラダイムの中で物事を考えている点においては、科学革命以前の人がやっていたことと、発想は同じです。

武田:パラダイムシフトが求められているわけですね。ハラリさんは成長についても紙幅を取って説明しています。

「大西洋を通る新たな交易ルートが栄えたからといって、インド洋の古い交易ルートが衰退するわけではなかった。新たな財が生産されたからといって、これまでの財の生産を減らす必要はなかった。たとえばチョコレートケーキとクロワッサン専門の新しいベーカリーを開いたとしても、パン専門のベーカリーを倒産に追い込むことはなかった。誰もが好みが増えて、前よりもっと多く食べるようになるだけだ。一人が豊かになるからといって、誰かが貧しくなるわけではない。他人を飢え死にさせなくても、人は太ることができる。グローバルなパイ全体が拡大可能なのだ」(サピエンス全史・下・134P)

柴田:“信用(クレジット)”が開発されたことで、先行投資が可能になりました。それがパイを増やす概念につながったわけですね。クレジットと科学革命、そして多くのパラダイムシフトがあって、人類は中世を抜け出せたのです。さらに、人間が操れる形で、莫大なエネルギーを労働に転換できるようにしていきました。
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文=武田 隆

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