人工知能が人間の知性を超えたとき、人類に残された選択肢とは何か。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第1回)

柴田裕之(左)と武田 隆(右)


武田:シンギュラリティとは人工知能が人間の知性を超えてしまう転換点のことですよね。

『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』は、いずれも“虚構”がテーマです。先生は“虚構”のことを“物語”と書かれたり、言葉を換えていらっしゃる。その狙いは何でしょう。

柴田:いや、著者のハラリさんが“物語”という言葉を多用していらっしゃるのです。ハラリさんは“物語”を重視しています。ハラリさんは、人がものを理解するときに頼るのは、“知性の論理ではなく、物語です”とおっしゃっていました。

さらに、『サピエンス全史』は、ハラリさんの大学での講義が元となっていますが、彼の大きなジャンプは、ヘブライ語から英語に翻訳したことです。ヘブライ語を母国語とする人は800万人くらいですが、英語は8億人もいます。

武田:単純に考えて、100倍の人に届きます。

柴田:驚いたのは訳す国に応じて、カスタマイズすることです。ですから、日本語版は、他の国の翻訳版と違う内容が入っているところがあります。実際にお会いした時に、「日本人にわかるような訳をお願いします」と言われました。他の言語でもそうなさっていると思います。

武田:ところで、ハラリさんが教鞭をとるヘブライ大学は、イスラエルにあります。それなのに、ここまで宗教を語るというのは……。

柴田:大変な勇気があるから語れるのです。ハラリさんは、精神的な意味で、広い世界に生きています。

彼はユダヤ人ですが、伝統的なユダヤ教に浸っているだけはなく、イギリスに留学して世界を拡げました。日常的に仏教的な瞑想もされています。また、彼の配偶者の方は同性ですから、それは極端な話、原理主義的な宗教感であれば、許されないことでもあります。

ハラリさんたちは束縛の厳しい社会に生まれ育ち、宗教的な衝突が身近にある中で暮らしています。日本と違って、イスラエルでは日常的に命のやり取りが行われている。ハラリさんの徹底的に自分を見つめなおす素地は、こうした社会で養われたようにも思います。厳しい環境は、人間を目覚めさせる可能性があるのかと思います。

武田:ハラリさんはイスラエルに現れるべくして現れたのかもしれませんね。

グローバル化という帝国の出現

武田:古代にペルシャ帝国やローマ帝国が現れて、非常に強い集団同士が拮抗し、攻められないよう、隣国を征服していく。この、帝国の侵略と征服が行き着いた先は、グローバルに統一された帝国だったという指摘もされています。

柴田:それにより物質的な交流が生まれ、多くの変化がありました。

「紀元前200年ごろから、人類のほとんどは帝国の中で暮らしてきた。将来も、やはり人類の大半が帝国の中で暮らすだろう。だが、将来の帝国は、真にグローバルなものとなる。全世界に君臨するという帝国主義のビジョンが、今や実現しようとしているのだ」(サピエンス全史・上・P255)

武田:産業革命以降、それぞれの帝国がグローバル化を目指しました。当初、願った形ではないにせよ、いま、それが実現しかけているわけですよね。

柴田:これは、一部の一神教の宗教が目指すところと似ていますね。すべては宗教に属するべきというか、信奉しなければ敵で、信じないものは排除するという。

武田:他の神を批判することで自分が肯定される。このモデルが、帝国主義を加速させていったわけですね。そして宗教の名の下に多くの戦争が引き起こされた結果、グローバルで統一的な帝国をつくることになった。これは歴史の不思議です。

柴田:これは否応のない流れです。テクノロジーが進歩すれば、狭い世界にとどまりようがなくなって、グローバル化していくのです。
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文=武田 隆

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