人工知能が人間の知性を超えたとき、人類に残された選択肢とは何か。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第1回)

柴田裕之(左)と武田 隆(右)

イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが発表した2つの書物が世界中で読まれている。私たちがどこからやってきたかを示す壮大な歴史書『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』と、私たちがどこへ向かうのかを示す『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』(いずれも上下巻、河出書房新社)だ。

AIがさらなる進化によって人間の知能を超えるという「シンギュラリティ(技術的特異点)」が近づく中、人類に残された選択枝とは何なのか。ハラリはこの究極の問いに対し、人類史から壮大なスケールで解き明かそうとしている。

この連載では、2冊の日本語訳を手掛けた柴田裕之氏との対談を全3回でお届けする。

歴史を学ぶことは、過去の束縛から逃れて、未来を切り開くこと

武田 隆(以下・武田):『サピエンス全史』を拝読し、初めて断片的に理解していた未来が、確信を帯びて見られた気がしました。こちらの本は、人類史と宇宙史を結び付け、認知革命、農業革命、科学革命を軸に人類の未来を予見するものなんですね。

柴田裕之(以下・柴田):はい。新しい視点と総合的な全体像を私たちにもたらしてくれる作品だと思います。

武田:ハラリさんの考えを一番理解されている先生に、本書の引用部分を交えながら、著者の示す人類の道筋を追体験させて欲しいと思っています。まず印象的だったのは冒頭部分。これはまるで宣言文のように響きました。

「今からおよそ135億年前、いわゆる『ビッグバン』によって物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。私たちの宇宙の根本を成すこれらの要素の物語を『物理学』という。

物質とエネルギーは、この世に現れてから30万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがてその原子が結合して分子ができた。原子と分子とそれらの相互作用の物語を『化学』という。

およそ38億年前、地球と呼ばれる惑星の上で特定の分子が結合し、格別大きく入り組んだ構造体、すなわち有機体(生物)を形作った。有機体の物語を『生物学』という。

そしておよそ7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なおさら精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めた。そうした人間文化のその後の発展を『歴史』という。」(サピエンス全史・上・P14)

武田:冒頭にこの本のメッセージが集約されていますよね。

柴田:同感です。旧約聖書は、「初めに言葉ありき」で始まりますね。一方、本書は「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生したと冒頭で言い切っている。こんなふうに始めるのは、ハラリさんがどこかで、聖書を意識されているのではないかと訳していて感じました。

武田:なるほど。

柴田:下巻まで読み、ここの冒頭に戻ると、この宣言通りになっています。経済学、心理学、考古学など、学際的にすべてを取り込まないと普遍性のある物語にならないことを、最初から提示していると感じました。

武田:“歴史”で締めているところに、歴史に対するプライドを強烈に感じました。

柴田:はい、その通りです。続く、『ホモ・デウス』でも、歴史が陰のテーマになっています。ハラリさんは歴史を学ぶことによって視野が広がると考えています。人はどうしても、これまでに刷り込まれてきたものを通して、いまの基準で世の中を見てしまう。しかし、長い歴史をみれば、いまが絶対ではないことがわかってきます。歴史を学ぶことは、過去の束縛から逃れて、未来を切り開いていくことなのです。
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文=武田 隆

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