かつては社会人野球やラグビーの新日鉄釜石を所有するなど、新日本製鐵はアマチュアである企業スポーツを積極的に後押ししてきた歴史を持つ。しかし、住友金属工業と合併した時期は長引く業界不況のあおりを受けるかたちで、経営の合理化が進められていた真っ只中にあった。
「プロのサッカーと、我々のような素材産業である鉄鋼業が社員の活性化を含めて、地域の方々と一緒にやるアマチュアスポーツは性格を異にしていると考えてきました。プロサッカーはあくまでもビジネスとして、収益を第一に考えなければいけない。将来にわたって世界と戦えるチームにするためにも、アントラーズの企業価値をさらに高めていくことは至上命題。その意味では素材産業の当社よりも、売上高を伸ばす事業に精通している新しいパートナーを迎え入れる方が得策だと判断しました」
経営権の譲渡が承認・発表された当日に都内で行われた緊急会見の席上で、小泉氏、庄野氏とともにひな壇に座った日本製鉄の津加宏執行役員はこう語っている。庄野氏も時代の流れだと強調している。
「スポーツエンターテインメント事業を担う会社に経営者を送り続けることを含めて、素材産業である鉄鋼業とのシナジー効果がなくなってきたと感じている。クラブとして受け継がれてきた伝統をしっかりと継承しながら、変わるべきものはしっかりと変えていかなければならない。そうした状況でメルカリさんの血が新しく入ってくることは、クラブの持続的な成長へ対して非常にプラスに働いてくるものだと確信しています」
日本製鉄、鹿島アントラーズ・エフ・シー双方の言葉を踏まえれば、住友金属工業との合併を契機として、鹿島の経営権を譲渡するタイミングが水面下で探られてきた跡が伝わってくる。言うまでもなく未来へ向けたポジティブな選択であり、すべての条件を受け入れた理想の譲渡先がメルカリだった。
ホームタウン及びホームスタジアムを現状のまま変更せず、クラブとして積み重ねられてきたフィロソフィーも継続・発展させていく。すべてを受諾して鹿島の第7代代表取締役社長に就いた38歳の小泉氏は鹿島のファンであり、クラブの黎明期に偶然にもそのサッカーに魅せられた縁を持つ。