以前は、夜に予約を取ることがほとんどだったパリ北東20区にある「ル・バラタン」にも、最近は予約なしで、1人でふらっとランチに行くようになった。
ネックなのは、自宅から遠いことだ。でも、それがまたいい。メトロのピレネー駅で降り、地上に出てベルヴィル通りに差し掛かると、遥か遠くに小さくエッフェル塔が見える。それで、ずいぶん遠くに来たなと感じる。
我が家はエッフェル塔からわりと近く、見慣れている彼女(エッフェル塔は女性名詞)を、こうして距離を置いて眺めると、毎度、憧憬の念も沸き起こる。
32年前からヴァン・ナチュールを
ル・バラタンは、パリにある中華街の先にあり、大衆的な雰囲気の残るカルティエ(地区)だ。人が行き交う幅の細い歩道を下っていき、2本目の道を左に折れれば、30メートルほど行った左手に店がある。
商店のびっしり並ぶベルヴィル通りから1本脇に入っただけで、途端に、流れる空気が、どこかのどかになったなと感じる。その空気は店内にも広がっており、天井の高さも相まって、どこかの田舎町にある食堂のようだ。
ディナーのときは2回転するのだが、お客はみな予約の時間に来るし、食事の間じゅう店内は満席だ。対してランチタイムは、私が行くときがたまたまかもしれないが、たいてい空席がちらほらある。2人がけあるいは3人がけのテーブルに1人で座っている客も数人いて、店内に響く会話量は夜と比べると圧倒的に少ない。
遅めの昼時に出向くと、入り口の方を向いて、カウンターの端にいつも店主が座っている。常連客と一緒に食事をしていることもあれば、1人で食べている時もある。私が1人だと、決まって「ここに座れば?」と彼の定位置の真横にある2人掛けのテーブルを示される。なぜか、そこの席は空いていることが多いのだ。
早めの時間に着いて、空いていればカウンターと入り口の間に位置する窓際の席を選ぶが、遅い時間帯に出かけた時に示されるその席も、私は嫌いではない。
そこは、ちょうど店内奥の厨房と入り口の真ん中あたりで、カウンターの様子と、窓の外もよく見えるし、運ばれていく皿も目にすることができるからだ。それに、暖かい季節になると入り口のドアを開け放しており、天井では大きなシーリングファンが緩やかに回って、穏やかな風を感じる。
壁に掛けられた黒板には、白・赤ワインのメニューが記載されている
オープンした32年前からヴァン・ナチュールを提供してきた、自然派ワインの先駆者的存在のル・バラタンには、いわゆるワインリストが存在しない。壁に掛けられた黒板メニューに、白・赤ワインがそれぞれ8〜9種類書かれ、それだけだ。
リストをつくってその中から選んでもらうのは、いつも美味しいワインを出せるわけではない、というのが理由だ。もちろん、黒板に書かれている以外にもたくさんのワインがカーブには眠っている。だからここでは、スタッフと話して、聞いて、そしてオーダーするのが賢明だ。