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富士ゼロックス代表取締役社長 玉井光一

「確かに難局です。しかし、どこに行っても難局。ここに来る前、富士フイルム時代に担当した事業もそうでした。いままでやってきたように、一つひとつ答えを出していく。いつもと同じですよ」

複合機市場は縮小が続き、親会社の富士フイルムホールディングスによる米ゼロックス買収計画は反発を受けて進展がないまま。2018年6月に富士ゼロックスの代表取締役社長に就任した玉井光一は、余裕すら感じさせる表情で当時を振り返った。

いつも難局とは、どういう意味なのか。玉井は富士フイルム時代、メディカルシステム、光学デバイス、電子映像の3事業で責任者を務めた。本人曰く、いずれも引き受けたのは「さあ、どうしようという段階」だった。

メディカルシステム事業での課題は、医療用画像を撮影する機器類で新たな領域を開拓することだった。後発は勝てないというのが医療機器業界の定説。これをどう覆すか。意識したのはスピードだ。「うまくいってない事業はテンポが悪い」が持論。それまで3時間半に及ぶ会議もあったが、45分に短縮して、次の会議までにやるべきミッションを各自に割り振った。その結果、開発スピードは格段に速くなった。例えばデジタルマンモグラフィーシステムは2年間で3機種を発売。周回遅れだったはずが、いつのまにか競合を追い抜いていた。

「ある団体の会合で競合会社の社長にお会いしたとき、『玉井さんのところのR&Dは、いったい何人いるの』と探りを入れられました。『山ほどいます』と答えましたが、本当は少数。それだけスピードが速かった」 いまではモダリティの各機器は業界1位か2位のものがほとんど。メディカルシステムは富士フイルムで最も大きな事業に成長している。

玉井は技術畑出身の経営者だ。潜水艦の設計をしていたエンジニアの父の背中を見て機械工学の道に進み、東芝に入社した。20代後半で経験した手痛い失敗は、いまでも教訓として心に残っている。

「ブラウン管を製造するシステムを仕様書通りに作ったら、発注元から『こんなものが欲しかったんじゃない』と否定されて、半年かけた仕事がフイになりました。ショックでしたが、流されて設計した自分もいけなかった。相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、課題の本質を掘り下げてから設計すべきでした」

この経験以降、設計にすぐとりかからず、まず自分で客先に出向いてヒアリングをした。スタートは遅れるが、設計作業のスピードをあげることでカバーした。ドラフター(製図台)を2つ使って複数の設計を同時進行させるスキルを持っていたのは、部署内でも玉井だけだ。

文=村上敬 写真=苅部太郎

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