世界をマインドフルに。日本の叡智「香道」の知られざる実力

日本ならではの雅な世界観を存分に味わえる香道の道具や所作


──香を聞くことで瞑想できるというのは、どのようなメカニズムなのでしょうか。

香木というのは森羅万象の要素が複雑に絡み合って作られた人智では到底及ばない重厚な香りを有し、深い鎮静効果があります。また香木一つ一つに御神木のような力が宿っていると感じることや、薫香の恵みを大自然や地球からの語らいとして聞くという感覚もあります。

ですから、香を聞くことで心が安らぎ、自然や空間と一体化するような感覚、変性的な心地好い意識やいわゆるゾーンに入るような体感があった、という感想もよくお聞きします。

また、ヨガや瞑想では鼻呼吸が何より大事とされていますが、聞香の場合も深い三息の鼻呼吸とともに香りが脳や体に直接働きかけてくれるので、その効果は計り知れません。もちろん脳のリラックス効果や自律神経を整える、血流が良くなる、作業効率が上がるなど、科学的に実証された効果もあります。

──香を聞いた後、みんなでシェアしたり、和歌(短歌)を詠んだりするのも独特ですよね。

香道は一見難しいイメージがあるかと思いますが、香席は人々が集い、和やかで温かい雰囲気の中で香を鑑賞して楽しむというのが基本です。

静寂を楽しみながら順々に香を聞いていくので、一人で完結する瞑想に近い感覚なのですが、組香(くみこう)で遊ぶ席では、聞き終わった後、連衆(参加者)は香を当て合い、執筆がその答えを書で一覧に纏めます。


組香「道しるべ香」の会記。下附とは、採点の代わりとして用いる美しい言葉のこと。別紙に執筆が書で回答を纏める際、連衆の聞き(答え)の直下に付記する。「道しるべ香」では、香の出た順序を聞き当てたら“令なる和”、はずれても“薫”と付記される。

一同で答えを拝見することで、香に関連して想起したイメージをシェアしたり深めたりする時間があります。正解も不正解もどちらも美しい言葉で表現されるので、誰もが幸せな気持ちになり、心にも場にも香が満ちわたる平和な体験となります。

各々が独自の感性を披露し、文学的な教養を深めながら互いに高め合い、一期一会の場をみんなでクリエイティビティ溢れる空間に昇華していくというのが香道の醍醐味。これはまさに今、令和時代に必要とされる共感力を育んだり、多様性を受け入れて思いやりのある社会を作ろうという世の中の気運と重なり合うのではないでしょうか。


「VUCAな世の中だからこそ、溢れる情報にのまれずに自身の感性を磨き、心の平安を保つ必要がある。香を聞いて心を緩めることはその助けとなる」と、マインドフルネスティーチャーの戸塚真理奈氏。

──自分たちが香りに名前を付けるという参加型のアクティビティも印象的です。

「香銘」「聞きの名目(みょうもく)」などがそれらにあたるのですが、香木の香りにあらかじめ連衆で名前をつけたり、香の組み合わせを聞き分けた際に自らが付けた名前で答えたり、というものです。

例えば夏であれば、皆さんから夏を想起させる言葉や表現を出してもらいます。水面の華(花火)、雲の峰(入道雲)、枇杷実る、等。それらを“聞き”=答えの名として、「枇杷実る」というように言い当ててもらうのです。
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文=国府田 淳 写真=佐藤祥子

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