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2019.09.05 13:00

結果を伴う、世界最先端の「広告手法」とは?

2018年、ナイキの「Just Do It」キャンペーン30周年に合わせてアメリカ中に展開された交通広告。広告の顔となったコリン・キャパニックの国歌斉唱中にひざまずく行為は、人種差別に抗議を示す象徴的なポーズとして認知されるようになった。

2018年、ナイキの「Just Do It」キャンペーン30周年に合わせてアメリカ中に展開された交通広告。広告の顔となったコリン・キャパニックの国歌斉唱中にひざまずく行為は、人種差別に抗議を示す象徴的なポーズとして認知されるようになった。

トランプ大統領は、「ナイキは一体何をやっているんだ」とツイートした。ある消費者は、ナイキの靴に火をつけた──。

2018年、ナイキが「Just Do It」30周年キャンペーンの一環として、元NFL選手コリン・キャパニックの顔写真を交通広告に起用したことに対する反応の一部だ。

コリンは2016年の試合直前、人種差別に抗議するため、国歌斉唱中に起立をせずにひざまずいたことでも知られる。この行為は彼を事実上の引退へと追いやった。

しかしナイキは「信条を持て。たとえそれがすべてを犠牲にすることだとしても」という広告メッセージの顔としてコリンを起用。彼の姿勢を全面的に支持した。

「愛の反対は憎しみではなく無関心である」という言葉があるように、保守派からの憎しみを買ったこのキャンペーンには、多くの人から賛同を得た。ナイキの株価は一時的に下落したものの、その後史上最高値を更新。

2018年6〜8月期決算の売上高 は、前年同期比10%増の99億5000万ドル(当時で約1兆1144億円)を記録した。

ナイキのキャンペーンのように、一部からは反感を買うほど強い意見を社会に示すことが、企業には求められているのではないだろうか。時代の社会状況を反映する側面のある広告コミュニケーションの潮流をみれば、それは明らかだ。

南仏カンヌで6月17日から21日まで開催されていた、世界的クリエイティブフェスティバル「カンヌライオンズ」では、ナイキをはじめ、強いメッセージを発信する企業の広告キャンペーンが、多くのグランプリを受賞した。

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例えば、モバイル部門をはじめ3部門でグランプリを獲得した、アメリカの大手ハンバーガーチェーン「バーガーキング」の「The Whopper Detour」。

「マクドナルド」の店舗の敷地内に入ると、アプリ内でバーガーキングの看板商品「ワッパー」を1セントで購入できるクーポンが1回限定で付与されるというものだ。

ライバル企業であるマクドナルドの反感を買ったが、無料同然でワッパーを購入できること、そしてユーモアの光るアイデアで消費者を熱狂させた。

キャンペーン9日間でダウンロードは150万まで伸び、メディアインプレッションは35億を超え、アプリ上での売り上げは、通常期間の3倍に達した。

生理用品を展開するスウェーデンの「リブレッセ」は、女性器を模したクリエイティブが多く登場する動画キャンペーン「Viva La Vulva(外陰部バンザイ!)」を展開。グランプリこそ逃したものの、フィルム部門やグラス部門でゴールド賞に輝いた。

女性器を連想させる貝殻やフルーツが、冒頭から最後まで何度も登場する動画に困惑した消費者も多かっただろう。しかし、「あなた(自分の性器)が私のもので本当によかった」と繰り返されるメッセージが女性消費者の共感を得た。公式サイト上で、この動画は500万回以上再生された。

このメッセージが支持されたことには、女性の半数は自分の性器に自信がなく、なかには美容整形をする人もいるという背景も関係しているだろう。

ブランドにより機能や価格に大きな差のない生理用品業界において、ここまで強烈なメッセージを発信した企業は、これまで存在しなかった。

価値観には分断が起きている

カンヌライオンズでの受賞歴、審査員の経験を持ち、広告論やマーケティング論を専門とする多摩美術大学教授の佐藤達郎は、今回のカンヌライオンズの傾向を通して、企業の社会とのコミュニケーションのあり方における変化を読み取ることができるという。

「政治以外の場面でも多くの発言をするトランプ大統領がいて、一般消費者がSNSで簡単に声をあげることができる今、世の中の価値観には分断が起きているように思います。すると、誰もが明確な答えを持つことが求められる。その答えを社会に示す役割を担うことが、企業には求められているのではないでしょうか」

かつては「CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)」や「ソーシャルグッド」という、企業が社会に対して「善い行い」をすることが求められる風潮があった。

しかし「価値観の分断」が起きている現代において消費者が必要としているのは、事業を軸にしながら、企業がブランドとして発信する社会へのメッセージだ。

そしてその目的は慈善事業ではなく、あくまで売り上げを伸ばすためのブランディングだ。企業の本質的な目的を見失ったメッセージは、説得力に欠けてしまう。

冒頭から紹介してきたカンヌライオンズの受賞作は、すべてブランドとして世の中に答えを発信した例だ。

グランプリ作品を並べると、日本人には思うところはあるだろう。一部から反感を買うことを覚悟してまで強いメッセージを発信している国内企業は、どれだけあるだろうということだ。

今年、日本からグランプリ作品が生まれることはなかった。これまでカンヌライオンズを目指していた企業が、徐々にエントリーをもやめていることに、佐藤はこう警鐘を鳴らす。

「海外での売り上げが5割を超える国内企業も増えています。少子化の進む日本の市場が縮小傾向にあることは、誰もが気づいている通り。カンヌライオンズでの受賞を目標にする必要はなくとも、グローバル市場で評価されるものを作ることにチャレンジする価値はあるはずです」

プロジェクトベースで広告代理店が変わることが日本では主流だが、欧米諸国では一度パートナーシップを結んだ広告代理店が途中で変わることはほとんどない。

世界中の人に伝わる強いメッセージを発信するには、一部からは嫌われても構わないという覚悟とともに長期間発信し続けることが必要だ。

それが、今回のナイキの例に当てはまる。

コリンを広告塔に起用しただけで、世論が二分することはなかっただろう。30年間企業として貫いてきたスローガンを、あらためてコリンの姿勢を支持することで発信したことが、多くの反感と熱狂を巻き起こした。

日本企業が今後1〜2年で、社会を導くメッセージを持って、カンヌライオンズの舞台に立つことは難しいかもしれない。しかし、世界トップレベルの「社会とのコミュニケーション」が集結する舞台に挑戦しない理由は、どこにもない。

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文=守屋美佳

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