「より多くの人に将棋の魅力を伝えたい」と語る藤井聡太七段。その言葉通り、8月に福岡国際センターで指された1回戦は、前年の4倍近い1739人の観客が押し寄せた。突出した人気ぶりは、まさに将棋界の宝と呼ぶに相応しい。
Forbes JAPANでは、そんな藤井を「世界を変える30歳未満の30人」を表彰する30 UNDER 30 JAPAN 2019 DOU(道)部門のひとりとして選出した。
これから彼は日本の「将棋」という伝統文化をどこへと誘うのか?ごく普通の家庭に生まれ、ひたすら好きなことに打ち込んできた少年が特別な存在になったのは2年前。伝説は、そこから始まった。
中学生でプロ入り。デビューから負けなしの29連勝
それは異様な光景だった。2017年6月26日夜、東京・千駄ケ谷の将棋会館にある18畳の特別対局室に、150人もの報道陣が押し寄せた。みんな前のめりになり、小さな将棋盤と熱戦直後の2人をぐるりと囲む。
「非常に幸運でした」「途中苦しくなった」
撮影のベストポジションをめぐり押し合うカメラマンの前で、色白で細身な少年が淡々と質問に答えてゆく。やがて外野の押しくらまんじゅうが激しくなり、インタビューはただちに打ち切られた。
この日、将棋界で5人目の中学生棋士としてプロ入りした藤井聡太(当時14歳)が、公式戦29連勝という前人未到の偉業を成し遂げた。とりわけ衝撃的だったのは、デビューから一度も負けずに大きな記録を塗り替えたことだ。
将棋という伝統文化の世界に、彗星のごとく現れた天才。彼が驚異的なペースで白星を重ねるや、世間の関心は雪だるま式にふくらんでいった。新記録が懸かるXデーに向け、テレビは競ってその素顔や将棋界の仕組みを特集した。
当日、インターネット放送局「AbemaTV」が行った生中継は、延べ740万の視聴数をカウントした。藤井の地元を拠点とする中日新聞は、「進化は社会を刺激する」と題した社説で歴史的快挙をたたえた。あらゆるメディアが血眼になって一人の中学生を追う様子は、まさにお祭り騒ぎのようだった。