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モビリティ関連のサービスについて市場分析を進めると、米国のウーバー、中国の滴滴出行、東南アジアのグラブなど、海外で普及しているサービスは、特定の国・地域でシェアを拡大していることがわかった。それぞれの市場で規制やユーザーの性質が異なるため、地域性を重視した戦略が重要というわけだ。

日本では、自家用車による有償運送が「白タク」行為として道路運送法で規制され、ライドシェアを手がけるスタートアップは見当たらなかった。「今なら、日本の文化や風習に合ったサービスをつくれるのではないか」。吉兼はそう考えた。

「どの弁護士の先生に話を聞いても、この事業は法的に難しいと言われ続けました。だからこそ、一度サービスを提供できれば、ほかの会社にとっては高い参入障壁になる。そして、自分たちには、ここで戦っていくためのアイデアがありました」

友達や近所に住む人に相乗りをお願いするのと、白タクとの線引きはどこか。それは、お金を払う契約が成立するか否かの違いだった。運賃ではなく、任意の感謝料を渡すことは法律上、問題がない。そしてそれは、昔から日本で行われてきた習慣でもあった。勝ち筋は見えていたのだ。



こうして15年10月、「CREW」は誕生した。

この謝礼型のサービスには、規制の壁を乗り越えるだけでなく、「人の心をつなげられるような交通インフラをつくりたい」という思いも込められている。それは、田舎のおばあさんがスーパーに買い物に行く際、送ってくれたドライバーに対して御礼に野菜をくれるような、「ありがとう」の気持ちが循環する世界観。無機質な運賃ではなく、日常の中に存在する感謝を形にすることで、人と人とのつながりはより豊かになる。これこそ、吉兼が考えた日本の地域性に適したライドシェアだ。

「誰かと一緒に移動するとき、挨拶だけだったとしても、お互いの心のつながりがあったらいいなと思うんです。金銭のやりとりだけでなくて、“おもてなし”と“ありがとう”が循環したら、そこには便利だけでない価値がありますよね」

ただし、日本では前人未到のライドシェアとあって、予期せぬ事態も少なくなかった。吉兼が「100点満点中の5点」と評したのはそのためだ。謝礼型の仕組みは規制をクリアしていたものの、実際は、法律をつくる政治家や、管轄する官庁とのコンセンサスが重要で、そのやりとりには相当な時間を要している。

また、人の命を預かる領域とあって、プロダクトの機能以上に、安心・安全面で要求される基準は高く、保険商品を準備するために保険会社と半年間かけて話し合った。

文=花岡 郁 写真=伊藤 圭

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