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そんな、「もしかしたら選手生命がここで終わってしまう」という当時の危機感が、スケートボードという新たな競技に挑みたいという平野の挑戦心を掻き立てた。

「どんな競技であれ、アスリートである以上は最終的に身体的な限界が来ます。また、“自分にはこれしかない”という気持ちは、精神的にすごく追い詰められてしまいます。怪我をしてみて、改めてそれを思い知りました」



ではどうすべきか、平野は「人として強くなるしかない」と考えた。もしいつかスノーボードができなくなっても、強いひとりの人間として立っていられるために挑戦を繰り返し、負けては強くなって、悔しい思いをしては強くなることを続けていく選択をしたのだ。

「スケートボードはまだ始めたばかりなので、海外で試合に出たりすると悔しい思いをすることはたくさんあります。でもそうやって選手として強くなっていくと同時に、ひとりの人間としても強くなっていけたらと思っています」

どんな分野であれ、自ら退路を断ってその道に集中する人もいるが、平野は逆。他の選択肢を意図的に増やすことで、負けが怖くなくなる。するとどんどん前のめりに挑戦ができ、選手としても人としても成長できるという考えだ。

平野の横乗りスポーツとの最初の出会いは、元サーファーだった父・英功の影響で始めたサーフィンだった。奇しくも、サーフィンも20年東京五輪から新たに加わった種目。

スケートボードのように、いつかサーフィンでも五輪を目指すのか。聞くと「小さいときに遊びでやっていただけで、本当の初心者なので……」と笑う。「でもなにかひとつに絞って追い込むのではなく、いろいろなことを経験していきたいとは思っています」

家族が支える前代未聞の偉業

元々サーファーであり、コーチ的存在でもある父について平野は「何事も厳しいけど、競技よりも日常生活で怒られたことのほうが多いかな」と苦笑い。「練習のときでも、自分の考えを子ども目線にあわせずにしっかり伝えてくれていました。時々『何を言っているんだろう』って理解できないこともあったけど、そのくらい熱量を持って、僕が進むべき道を示してくれます」

文=石原龍太郎 写真=伊藤 圭

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