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「タダでお寿司が食べられると聞いて、DeNAの説明会に行ったんです。そこで聴いた南場智子さんのお話に感銘を受け、一気に気持ちが傾きました」

決め手となったのは、「圧倒的に自分が成長できる、と直感したから」。モバイル領域でナンバーワンをとると夢を説いた南場の話に加え、会場で接した人事担当者が、入社1年目にもかかわらず、バリバリその場を仕切っていたことに衝撃を受けた。ゲーム以外の新規事業に舵を切るタイミングだったことも秋元の気持ちに火をつけた。

「大学時代の4年間で自分は大きく変化した実感がありました。だから金融系に就職しても、数年経ったらやりたいことが変わる可能性が極めて高い。それなら、自分が本当にやりたいことと出合った時に、それを躊躇なく叶えられる実力やスキルを身につけられる環境に身を置こう、そう考えてDeNAに入社を決めました」

「死ぬ気でやればなんとかなる」DeNA時代で手に入れた仕事の流儀

DeNAに入社してから3年半は、「死ぬ気で」働いた。入社半年で営業チームのリーダーになり、いきなりチーム全体を見る立場に。その後も、4部署を異動しながら、仕事として与えられた中身の解像度を上げ、到達すべき課題を自ら探し、成長しながらひたすら乗り越えることを繰り返した。

DeNAでは、成功確率50%くらいの仕事が振られるのがセオリーだと秋元はいう。あまりにも無謀すぎたり、失敗を重ねすぎたりすると人は自信を失くしてしまうものだが、50%をチャンスと捉えて成功させることができれば、圧倒的に成長できるという考え方だ。

「そういう環境にいたことで、『死ぬ気でやればなんとかなる』と、未知の領域に対して恐怖を抱くことはなくなりました。むしろ、自分の実力以上の仕事が振られたら、逆に自信が湧いてくる。さらに高いハードルを与えられたなら、ワクワクが止まらない(笑)。起業を考えたのは、こうした経験が大きかったです」

営業、サイト企画、新規事業の立ち上げなどを次々手がけ、3年半が経過しても、自分が人生をかけてやりたいことは見つからないままだった。そんな折に、社会人コミュニティに参加した秋元は、「実家が農家」に食いついたメンバーと畑でイベントを企画することに。久しぶりに実家の畑に立つ機会を得た。


ビビッドガーデンのビジョン

そこで目の当たりにしたのは、荒れ果てた農地。自慢だった畑は跡形もなかった。なぜ家族は「農家は儲からない」と言ったのか。どうして農業ではダメなのか。いてもたってもいられず、農家を回ってヒヤリングをした。

「この時に初めて、農業がすごくヤバイ業界だと気がつきました。みんな同じ課題を口にしているのに、状況が30年くらい変わっていない。課題を聞いた瞬間に解決法もいくつか頭に浮かんできた。『農業の分野には、自分がやれることしかない』と思いました」

農家の人たちは、「子どもには絶対継がせたくない」「息子には公務員になってほしい」と口々に言う。その姿と祖父の姿が重なり、それがあまりに悲しくてショックだった。翌日には会社を辞めて農業を自分の一生の仕事にしようと決意を固めた。

文=松崎美和子、ふくだりょうこ 写真=伊藤 圭

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