大手社員でNGO理事。難民の「保険証」発行を目指す、彼女のアイデンティティー #30UNDER30

安田クリスチーナ


彼女の原点はここにある。パリ政治学院に進学した安田は、学問だけでなく、NGOや学生起業、国際会議への出席などを経て現在に至る経験を積んでいくことになる。講義はほとんどが英語で、世界の課題を最先端の技術で解決するために何が必要かを大学内外で議論できる環境は整っていた。やがて、かねてより関心のあった途上国支援に注力するように。彼女の関心領域だった、政治と課題解決のためのテクノロジーがきれいに重なるからだ。

また、この時に出身国が40カ国ほどの学生が集まる多国籍な環境に身を置き、初めて自身のアイデンティティーと向き合うことになった。「何人なのか聞かれて、正直わからなかったんです。日本人じゃないの?と思ったけれど、ロシア人やアメリカ人のような感覚もある。悩んでいる過程でオンライン上の自分はなんだろうかと考えたのが、デジタル・アイデンティティーに目を向けたきっかけでした」

最終的に活動のベースをアメリカのNGO「InternetBar.org」(IBO)に定め、デジタル技術を活用した途上国支援をテーマに活動を開始する。安田は、著しい進展を遂げていたブロックチェーンを活用した、電子証明書事業の立ち上げに関わることに。簡単に言えば、何も身分証明手段を持たない難民や貧困層に対して、デジタルIDを提供することで、教育や医療といったサービスを受けやすくするというプロジェクトである。

政府が身分証明を一元的に管理するのはなく、インターネット上のネットワークで情報を管理するブロックチェーンの技術を応用する。最先端の技術を使い、誰もが解決が難しいと考えていた難民問題に新しい解決の道筋を与える。さらにそんなビジネスモデルを考えられたら、ほかの途上国に限らず、日本にも横展開してリバース・イノベーションを起こしやすいのではないか。彼女はいくつか、数字を出しながら、説明してくれた。

世界の40%の最貧困層家庭の成人のうち、銀行口座を保有している人口は50%以下であり、途上国で銀行口座を持たない人たちのうち、ID書類をもっていないために銀行口座を開設できない人口は約3.7億人に達していること。プリペイドのSIMカードを購入しようにも、求められるID書類がそろわないため、インターネットに接続できず、デジタルデバイドが生じていること……。社会インフラを整えることで、将来的に医療や教育などの課題に効率よく取り組めるのだという。彼女は新しい挑戦を楽しみながら、世界規模の課題を受け止めているようだ。

「私はテクノロジーが好きなので、いっそのこと自分で勉強してもいいんじゃないかと思って、シリコンバレーまで学びに行ったこともありました。でも、違うなと。テックが好きな人と技術を競い合っても仕方なくて、現実の課題に対して、エンジニアが実現したいことをできるようにするほうが私には合っているんじゃないかと思ったんです」



医師資格の証明に成功

現在、IBOのプロジェクトは、医師資格の証明を効率化するためのデジタル証明書の発行までこぎつけることに成功した。次のステップでは、医師が医療サービスを提供しているスラムや難民キャンプを対象に、日本でいうところの保険証に対応するデジタル・アイデンティティーの発行を目指す。安田の現在の主な活動拠点はバングラデシュだ。この取材の日、撮影のために着替えた衣装も現地のもの。バングラデシュと日本、IBOの拠点であるアメリカでは、事業を進めていく上での違いはあるのだろうか。

「バングラデシュはよくも悪くも現地のコネクションがものをいいます。日本では、要職者であっても人づてに紹介してもらえば、会ってもらうまではとても早い。でも、その次にプロジェクト化されるまでには時間がかかりますね。あと報告もとても細かく求められます。逆にアメリカやヨーロッパでは、ポジションが高い人に会うのが本当に大変で、簡単には会ってもらえない。でも、会ってもらってから、次のステップに行くまではとても早いんです」

どれが良いということはない。世界は多様であり、そこにあるのは一長一短なのだと彼女の言葉は物語る。
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文=石戸諭 写真=伊藤圭

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