挑戦する人と挑戦する企業をつなぐ、Forbes JAPAN 初の採用ブランディング

2015年12月15日、約1,000億円でTOB(株式公開買付け)を実施したヤフーが、一休を完全子会社化した。このニュースは、近年のM&Aの中でも、未だに強烈な印象が残るセンセーショナルなものだ。

誰もが予想しなかったこのニュースの2ヶ月前。直後に待ち受ける激震など当然知る由もなく、「虫の知らせのような感覚」で自ら手を挙げ、人事に着任していた人物。それが、「一休の大ファン」を豪語する、執行役員CHROの植村弘子だ。

衝撃が走った組織にどのように向き合ったのか。そして、どのようにして、更なる成長へ向け、強い組織へと変革していったのか。

そこには一休のサービス、奮闘する社員一人ひとりを愛し、自ら率先して既成概念や慣習にとらわれない挑戦を続けて変化する、植村の姿があった。

新生「一休」で、やり遂げると腹を括った日

一休がヤフーの傘下に入ることを、全社員に告げた時のことだ。植村は、一休の社員と向かい合い、当時の森正文社長、ヤフーの代表取締役社長の宮坂学氏(現・東京都参与)・小澤隆生氏(現・取締役会長)と共に、その一部始終を見守った。

一休とヤフー、両社の姿を目にし「この会社に残ってもっともっと伸ばしていこう」と、静かに腹を括った。

2016年4月、会社が榊氏をCEOとし新体制となったタイミングで、植村も最高人事責任者であり執行役員へと昇格。植村にかけられた期待の大きさを物語る。

「役員なんて初めてでしたし、何から始めればいいかわからないわけですよ。とにかく毎日、CEOの榊と話をしました。そして、全社員に向けても連日説明会を開き、コミュニケーションを重ねました。新生一休としてスタートダッシュを切るために、とにかく足場を築き続ける日々だったかもしれませんね」

何を話したのかと聞くと、「それはもう色々」と笑ったが、一つだけ共通して発信していたメッセージを教えてくれた。

「今こそチャンスなんだ、と。シナジーがうまれるということは、できることが増える。会社としても個人としても、次のステージにいけるチャンスが来ているんだということを伝えたかった」。

変えたことはもちろん、社員とのコミュニケーションだけではない。かつての同社の人事は労務的な側面が強く、比較的守りに特化した組織だった。そこに従来の守りの強さはキープしたまま、“攻め”の要素を強めていったのだ。

そのスタートを切る中で、大切に議論を重ねた考え方がある。それは、変化の流れが激しいインターネットの世界で生きている一休が、より良いサービスを提供し続けるために、「何を大切にし、どう強くなりたいのか」ということ。

年齢や出身、経験とか関係ない。活躍する人が一番素晴らしいというシンプルな考えを徹底しよう。「誰が言うかじゃなくて、何を言うか」が一番大事。とにかくフラットな組織にしたい。そんな組織風土の実現に向け一つずつ制度も見直していった。

結果的になんとなくあった年功序列の廃止、成果主義への変革が始まった。それに合った評価制度にも変更をした。もちろん劇的にではなく3年間かけて植村らしく対話を重ねながら。

「変化の中には厳しい局面もあったかもしれない。でも厳しさは時に苦しいけど、必ず人を成長させ組織を強くする。中途半端なものは中途半端な結果しか生まないし、ぬるさは組織を弱くする。それを仲間達が教えてくれました」

その後、経営会議に参加し経営の実態に触れられる「Beyond制度」や、業務外で社内で学ぶ機会を持って欲しいと、社内外のスピーカーを招き、月に1度の勉強会を開催する「MANABIBA」も設けた。

会社をより強い、しなやかな方向へと導くために、様々な施策を手掛けた植村。その結果、一休はどう変わったのか。もちろん彼女だけの功績ではないが、この3年間、一休が最高益を出し続けていることがその結果を物語っているのではないだろうか。

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