ちなみに、走行シーンや好みに合わせてステアリングに装着されたボタンで3つのモード(ノーマル/スポーツ/トラック)が選択可能で、スロットルレスポンス、ステアリングアシスト、ギアシフトスピードを気分に合わせられる。サーキットや峠まで行くようなオーナーなら、これらのモードを使いたがるだろうけれど、毎日乗るには、一般のベースモードで十分。
アクセルを踏めば踏むほど、微ほほ笑え みたくなるような加速が出るが、それよりもドライバーを満足させるのが、ステアリング感覚だ。エンジンはミッドシップでライトウェイト、しかも前後重量配分がよく、その上、ドライバーの意思に応えるコーナリングが素晴らしい。
操作に対するノーズの反応の速さや一体感、ステアリングの重さや手応え、また路面から伝わる情報の正確さに、最初から最後まで納得。コーナーの入り口から出口まで理想的で正確なステアリングはピカイチである。
どれだけフットワークが優れているか?クルマを運転しない人に説明するのは難しいので、一つ例えで比較を。ずばり、スリッパと運動靴だ。ミニバンをスリッパに、アルピーヌを最新の運動靴に例えさせてもらおう。
スリッパで滑りやすい床で減速して角を曲がろうとする時と、 運動靴で走って減速して同じ角を曲がろうとするのでは当然、運動靴、つまりアルピーヌの方が安定性がいい。ここで言いたいのは、アルピーヌのコーナリング性能は通常のミニバンやSUVとそれだけ違うということ。
コクピットは 、シンプルで機能的という意味では初代のアナログなニュアンスを受け継いでいるものの、デザイン自体はまったくの別物。フル液晶メーターやセンターモニターがあり、スイッチ類などはよりモダンなイメージで、少量生産スポーツカーにありがちな安っぽさや手作り感もない。
純粋でスパルタンな特徴と、素直にハンドリングしてくれるアルピーヌになっているからこそ、マクラーレンなどのF1マシンのデザインで有名なゴードン・マレーと、名ロックバンドのピンク・フロイドのニック・メイソンがすでに所有している。
ゴードン・マレー
唯一の弱点はリクライニングができず、調整もできないシートだろうか。軽量化を図るために、クッション素材が少ない割と硬めのシートになっているので、サポート性は良いものの、座り心地はこのセグメントでは最も硬い。
ただ、シートの位置がいいし、チルトとテレスコピック調整ができるので、ドライバーはすぐに最適なドライビングポジションに合わせられる。このクルマは、本当に運転者のことを考えた1台だと思った。価格は829万円から。
今までポルシェ・ケイマンやライトウェイトのマツダ・ロードスターが小型スポーツカーの頂点だと思ってきた。だがアルピーヌA110がその定義をはるかに超えて、新しいベンチマークを作ってしまった。
あ〜、もう一回乗ってみようかな。
ピーター・ライオン◎モータージャーナリスト。西オーストラリア州大学政治学部 日本研究科卒。1983年に奨学生として慶應義塾大学に留学。Forbes、Car and Driver(米)、Auto Express(英)、Quattroruote(伊)などへ寄稿多数。ワールド・カー・アワード賞会長のほか、日本カー・オブ・ザ・イヤー賞選考委員を務めている。