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Wishは年間およそ1億9000万ドルの損失を出しているが、マーケティングに大金を使うことをやめれば黒字化は可能だという。同社はフェイスブックの最大級の広告主でもあり、17年には中国でも大人気のNBAチーム、ロサンゼルス・レイカーズと3年間3000万ドルのスポンサー契約も締結している。

競争の激しさを考えれば、そうしたお金の使い方は賢明なのかもしれない。今後は、フェイスブックやアマゾンがWishのライバルとなる可能性があるし、一方では、ドナルド・トランプ米大統領が、中国に圧力をかけるために商品の輸送費を安くする取り決めを反故にする可能性もある。

ワールドワイドのモバイル版「タオバオ」

ゾルズースキーは、まだ共産主義体制下にあった1980年代のポーランド、ワルシャワで、商店の空っぽの棚を見ながら育った。11歳のときにソビエト連邦が崩壊すると、一家でカナダのウォータールーに移住。トロントから110kmほど西にあるその町には、理工系で高い研究レベルを誇るウォータールー大学があった。

メッセンジャーアプリの開発企業「Kik Interactive」や食料品配達サービス「Instacart」の創業者なども輩出しているその大学に、ゾルズースキーも入学した。数学とコンピュータサイエンスのクラスで、彼はやはり移民だったダニー・チャンと出会う。2人は一緒にサッカーをし、友達になった。

2004年、大学を卒業したゾルズースキーはグーグルに就職。キーワード拡張のためのアルゴリズムのプロトタイプを作った。例えばランニングシューズの業者が「スニーカー」という検索キーワードを登録し忘れても、そうしたキーワードを自動的に追加できた。広告料は増大し、グーグルの年間収益は1億ドルほど増えたはずだと、彼は主張する。

07年6月、ゾルズースキーは韓国に新設されたグーグルのオフィスに転属となり、シリコンバレーの外の世界について学んだ。韓国人はグーグルのようにすっきりしたミニマリスト的な検索ポータルよりも、大量の情報が詰め込まれたものを好んだ。彼はここで学んだのだ。「人々が望むに違いないとシリコンバレーが考えるもの」ではなく、「実際に人々が望んでいるもの」を作ることに傾注するべきだと。

ゾルズースキーは2年間食べていけるだけの貯金をすると、09年にグーグルを辞めた。そして半年間、自宅のコンピュータに張りついてサイトの閲覧行動をもとにその人の関心を予測し、買いそうな商品や広告とマッチングするシステム「コンテクストロジック」のコードを書いた。

10年9月、コンテクストロジックは投資家から170万ドルの出資を受けた。翌11年5月、ゾルズースキーはYellowPages.comにいた大学時代の友人ダニー・チャンを共同創業者として招聘。2人は広告ビジネスを立ち上げようと、ヤフーの共同創業者でエンジェルファンドのAMEクラウド・ベンチャーズを運営するジェリー・ヤンやベンチャー投資家のジョー・ロンズデールとランチを共にし、ビジネスの構想を論じ合った。何度も話に出たのは「EC」と「モバイル」という言葉だ。

文=パーミー・オルソン 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=町田敦夫

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