多くの人にとってデジタル変革はまだまだ「他人事」

一方、デジタル変革は一握りのデジタル人材やブリッジ人材の力だけで成し遂げられるものではない。新規事業がスケールして行けば、当然、その事業に必要な人材が増える。その時にどんな人材マネジメントが必要かをあらかじめ考えて型を作っておくことも大事だという。適切な型がすでにできていれば、スムーズな人材獲得や人材マネジメントができ、早期にパフォーマンスを引き出せるからだ。

「今はテクノロジーがインパクトを及ぼす範囲が非常に広くなっています。企業の構造を、まずビジネスモデルがあり、それを実現するオペレーティングモデル、さらにそれを支える業務プロセスの三階層で捉えた時に、以前は、ITによって変化するのは主に三つ目の業務プロセスの階層でした。しかし、昨今のデジタルテクノロジーは、一階層目のビジネスモデルそのものを変えるほどのインパクトを持っています。ですから、デジタル変革はIT部門だけでなく、企業のあらゆる部署が影響を受けるのです」

しかし、大きな会社であればあるほど、働く人の年齢や職種、スキルもさまざまだ。そのすべての人材がその変革に対応できるものだろうか?

「多くの人にとってデジタル化はまだまだ他人事で、考える機会もありません。しかし、実際にはデジタル変革はすべての従業員に影響を及ぼし、現場の最前線である製造工程や営業の仕方さえも変えてしまいます。そこで重要になってくるのが、従業員のエンゲージメントです。一人ひとりが自身の持ち場で自身のリスキルもしくはスキル高度化に意欲を燃やすこと。企業がデジタルトランスフォーメーションを成し遂げるには、それが重要なのです」

例えば、シニア層も含めたあらゆる人材に、自分のリスキルをプランニングしてもらうことも有効だという。

「アクセンチュアでは、デジタル・コンピテンシーというアセットを持っています。これはデジタル時代に各部門の仕事がどう変わっていくか、何を求められるようになるのかを示したもの。ここにはデジタル関係だけでなく、経理や営業などの既存の部署の仕事がいかに高度化していくのかも含まれています。このデジタル・コンピテンシーを使って、クライアント企業の各部門の方々に対し、自分の仕事の仕方が今後どう変わるのか、ワークショップ形式で理解していただく、という支援もしています。また、AT&Tのようなリスキルに成功した企業では、どのスキルを身につけると給与がどの程度上がるか、従業員が自ら、シミュレーションできるツールを活用しています。こうした自発的・自律的にリスキルを推進するシステムは、日本企業にも必要だと思いますね」

部下を走らせる時代は終わり。個々のレベルアップがこれほど大事な時代はない

この全社レベルの変革を推進するためには、経営層からの明確なメッセージが必要となるという。

「日本は労務慣行の観点から人材の流動性が非常に低いため、デジタル変革は難しいとする考えがありますが、個人的には、必ずしもそうではないと考えています。この日本人の、組織への強い帰属意識と高いロイヤリティをレバレッジするという発想こそが経営層には必要です。会社の成長ストーリーと、個々のリスキルの必要性を同期化させることさえできれば、むしろ日本企業には追い風になります」

「また、新規事業の成長に伴って既存事業と顧客を取り合うなど、エッジ組織とコア組織が対立する場面もあるでしょう。その対立の解決を現場に任せている企業は後手をとるのは必至です。この二つの組織を超越した観点で意思決定できるのは経営層だけなんです。だからこそ、新規事業を育てる明確な経営意思を持ち、優先順位をはっきりと示すことが大切であると、多くの企業の経営層に助言させていただいています」

あらゆる人がデジタル化の影響を受け、変化する状況では、求められるリーダー像や、リーダーに必要な資質も変化していく。

「これまでの日本ではゴールを設定し、それに向かって部下を走らせる指示・牽引型のリーダーが求められてきました。以前はそれでよかったのですが、今は違います。ディスラプターと呼ばれる新たなテクノロジーやビジネスモデルの出現によって、一夜にして世の中がガラリと変わる可能性がある時代ですから、従業員一人ひとりが情報を収集し、自ら進む方向を考えて進んでいくことを、エンカレッジすることが重要です。だからこそ、いま必要とされるのは、個々の力を引き出し、それぞれの進む方向へのサポートをしながら、エンゲージメントを上げていくリーダーなのです」

すべての部署と従業員に影響を与え、組織そのものさえ変化させるデジタル変革。消費財、金融等の分野では、比較的早くに創造的破壊に直面し、既にその動きが進んでいるという。

「特に金融機関などは従来からITが非常に重要な業態ですので、IT機能が高度化した際のインパクトの大きさを経営層が深く理解しているため、一度動くと変化も大きいですね。今後、個人的に変革を期待したいのはハイテクや自動車・重工業などの製造業です。製造業はもともと組織内に技術人材を多く抱えているため、製造プロセスのオートメーション化やAIを使った保全活動の効率化などは勿論早くから行われているのですが、ビジネスモデルを変えるほどの変革はまだまだこれからという企業が多いでしょう」

その理由を、植野はこう語る。

「製造業は製品単位でビジネスユニットが構成されていることが多く、良いモノを作るモノ作りと販売・マーケがケイパビリティの柱でした。しかし今は、例えばエアコンも冷蔵庫もIoTで繋いでライフスタイルを提案するような、ソリューションビジネスにシフトしています。「モノ」の品質を旗印としてきた日本の製造業が、「モノ」でなく「コト」、つまり顧客の体験価値を売る組織へとシフトするのです。この変革は、ビジネスモデルや組織構造の抜本的な改革を必要とするため、難易度は極めて高いと言えますが、今まさに、日本の製造業は、このようなチャレンジに直面しつつあります」

円形のバブルチャートは調査企業の平均的な企業価値の大きさを示す(アクセンチュア調べ)



あらゆる分野や業種で必要なデジタルトランスフォーメーション。それは働くすべての人が当事者になる変革だ。それは企業にとっても、そこで働く一人ひとりにとっても、新たな可能性を切り開くきっかけになることだろう。