その部署に“エース”を置け。
最先端のデジトラ組織論
さまざまな企業に対し、戦略からデジタル、人材マネジメントまで包括的にコンサルティングを行っているアクセンチュア戦略コンサルティング本部マネジング・ディレクターの植野蘭子の答えは “明確” だ。
「多くの企業でデジタル新規事業を創出できない理由は、優秀な人材に既存の業務をさせる傍らで新規事業に取り組ませているからです。既存事業のオペレーション改善とデジタル新規事業の立ち上げでは進め方がまったく異なるので、両立は難しいでしょう」
企業が成長を続けるためには、既存事業から新規事業に軸足をシフトさせていくことは必要不可欠だ。ただし、当面のキャッシュも稼がなければならない。そのため、一定の期間は、既存事業と新規事業の立ち上げを同時に走らせることになる。新規事業が本格的に立ち上がれば、資金、人材などのリソースは既存事業から新規事業に段階的に移行する。それに備えて、既存事業を高度化・合理化していかなければならない。これは、企業にとって「転換点」と言える。
そこでアクセンチュアではWise Pivotと呼ばれるフレームワークを用いて、この難しい転換点を乗り越えられるよう、企業を支援している。
Make your WISE PIVOT to the new
デジタル化時代の本格的な到来に向け、現行ビジネスを維持しつつ新規事業へのWISE PIVOT「賢明なピボット(事業転換) 」が重要。
1:TRANSFORM THE CORE BUSINESS〈中核事業の変革〉
・・・投資余力、稼働余力の創出
2:GROW THE CORE BUSINESS〈中核事業の強化〉
・・・成長維持の手段として
3:SCALE NEW BUSINESS〈新規事業の拡大〉
・・・新規成長領域を特定しスケール
4:Make a “Wise Pivot”〈賢明なピボット(事業転換)
・・・長期的施策として漸次的な投資再配分が必要。新規事業へシフトを高めつつ、時期尚早な中核事業縮小は回避
「重要なのは、転換期は、まずは既存事業と新規事業を別組織にすることです。新しいアイデアは、既存の事業や組織・文化からは生まれにくいもの。既存事業の改善や拡大を担うコア組織と、新規事業の創出を行うエッジ組織に分け、エッジ組織に外部人材を入れてあらたな運営モデルを一から作ることも多いですね。ただし、その際に二つの組織を完全に切り離さないよう、注意しなければいけません」
別々に組織を立ち上げるものの、エッジ組織でつくった新たなモデルをコア組織に拡大してこそ、全社のデジタル戦略が実現できるからだ。とはいえ、二つの組織を程よい距離感で走らせるにはどうすればいいのだろうか。別々に組織を立ち上げるものの、エッジ組織でつくった新たなモデルをコア組織に拡大してこそ、全社のデジタル戦略が実現できるからだ。とはいえ、二つの組織を程よい距離感で走らせるにはどうすればいいのだろうか。
「二つの組織に橋渡しをする優秀なブリッジ人材をあらかじめエッジ組織に配置するのです。そのような人材に、外部からのデジタル人材等と一緒に新規事業を作り出す中で、デジタル変革の方法論や働き方などを身につけてもらいます」
ここで重要になってくるのが人選だ。人脈があり、組織の動かし方が分かっている社内の優秀な人材を選ぶわけだが、ブリッジ人材にふさわしい優秀さは、従来既存事業などで求められてきた優秀さとは少し違うことがあるという。
「ブリッジ人材に求められるのは、既存組織の動かし方を知っているのみならず、過去の成功体験に縛られ過ぎず、0から1を生み出すためのトライ&エラーができるマインドを持っていること。現状をベースに課題解決できる人は多いのですが、『これまでこうだったから次はこうなるはず』という現状のやり方を前提とした考え方は、新しいアイデアを生み出す時にはむしろ足かせになりがち。既存の優秀な人材を投入しても成果が出ない新規事業組織は、このような資質を軽視していることがあります。一方で、これまで埋もれていた人材の中に、0から1を生み出すのが得意な人がいる場合もありますね」
ただ、多くの企業の現状の人事制度でこうした「トライ&エラーができる」適性を見極めるのは難しいもの。ここでもアクセンチュアが支援に入り、面談によるアセスメントや、新規事業に適した人材を掘り起こすデジタルによる資質アセスメントなどを行っている。
多くの人にとってデジタル変革はまだまだ「他人事」
「今はテクノロジーがインパクトを及ぼす範囲が非常に広くなっています。企業の構造を、まずビジネスモデルがあり、それを実現するオペレーティングモデル、さらにそれを支える業務プロセスの三階層で捉えた時に、以前は、ITによって変化するのは主に三つ目の業務プロセスの階層でした。しかし、昨今のデジタルテクノロジーは、一階層目のビジネスモデルそのものを変えるほどのインパクトを持っています。ですから、デジタル変革はIT部門だけでなく、企業のあらゆる部署が影響を受けるのです」
しかし、大きな会社であればあるほど、働く人の年齢や職種、スキルもさまざまだ。そのすべての人材がその変革に対応できるものだろうか?
「多くの人にとってデジタル化はまだまだ他人事で、考える機会もありません。しかし、実際にはデジタル変革はすべての従業員に影響を及ぼし、現場の最前線である製造工程や営業の仕方さえも変えてしまいます。そこで重要になってくるのが、従業員のエンゲージメントです。一人ひとりが自身の持ち場で自身のリスキルもしくはスキル高度化に意欲を燃やすこと。企業がデジタルトランスフォーメーションを成し遂げるには、それが重要なのです」
例えば、シニア層も含めたあらゆる人材に、自分のリスキルをプランニングしてもらうことも有効だという。
「アクセンチュアでは、デジタル・コンピテンシーというアセットを持っています。これはデジタル時代に各部門の仕事がどう変わっていくか、何を求められるようになるのかを示したもの。ここにはデジタル関係だけでなく、経理や営業などの既存の部署の仕事がいかに高度化していくのかも含まれています。このデジタル・コンピテンシーを使って、クライアント企業の各部門の方々に対し、自分の仕事の仕方が今後どう変わるのか、ワークショップ形式で理解していただく、という支援もしています。また、AT&Tのようなリスキルに成功した企業では、どのスキルを身につけると給与がどの程度上がるか、従業員が自ら、シミュレーションできるツールを活用しています。こうした自発的・自律的にリスキルを推進するシステムは、日本企業にも必要だと思いますね」
部下を走らせる時代は終わり。個々のレベルアップがこれほど大事な時代はない
「日本は労務慣行の観点から人材の流動性が非常に低いため、デジタル変革は難しいとする考えがありますが、個人的には、必ずしもそうではないと考えています。この日本人の、組織への強い帰属意識と高いロイヤリティをレバレッジするという発想こそが経営層には必要です。会社の成長ストーリーと、個々のリスキルの必要性を同期化させることさえできれば、むしろ日本企業には追い風になります」
「また、新規事業の成長に伴って既存事業と顧客を取り合うなど、エッジ組織とコア組織が対立する場面もあるでしょう。その対立の解決を現場に任せている企業は後手をとるのは必至です。この二つの組織を超越した観点で意思決定できるのは経営層だけなんです。だからこそ、新規事業を育てる明確な経営意思を持ち、優先順位をはっきりと示すことが大切であると、多くの企業の経営層に助言させていただいています」
あらゆる人がデジタル化の影響を受け、変化する状況では、求められるリーダー像や、リーダーに必要な資質も変化していく。
「これまでの日本ではゴールを設定し、それに向かって部下を走らせる指示・牽引型のリーダーが求められてきました。以前はそれでよかったのですが、今は違います。ディスラプターと呼ばれる新たなテクノロジーやビジネスモデルの出現によって、一夜にして世の中がガラリと変わる可能性がある時代ですから、従業員一人ひとりが情報を収集し、自ら進む方向を考えて進んでいくことを、エンカレッジすることが重要です。だからこそ、いま必要とされるのは、個々の力を引き出し、それぞれの進む方向へのサポートをしながら、エンゲージメントを上げていくリーダーなのです」
すべての部署と従業員に影響を与え、組織そのものさえ変化させるデジタル変革。消費財、金融等の分野では、比較的早くに創造的破壊に直面し、既にその動きが進んでいるという。
「特に金融機関などは従来からITが非常に重要な業態ですので、IT機能が高度化した際のインパクトの大きさを経営層が深く理解しているため、一度動くと変化も大きいですね。今後、個人的に変革を期待したいのはハイテクや自動車・重工業などの製造業です。製造業はもともと組織内に技術人材を多く抱えているため、製造プロセスのオートメーション化やAIを使った保全活動の効率化などは勿論早くから行われているのですが、ビジネスモデルを変えるほどの変革はまだまだこれからという企業が多いでしょう」
その理由を、植野はこう語る。
「製造業は製品単位でビジネスユニットが構成されていることが多く、良いモノを作るモノ作りと販売・マーケがケイパビリティの柱でした。しかし今は、例えばエアコンも冷蔵庫もIoTで繋いでライフスタイルを提案するような、ソリューションビジネスにシフトしています。「モノ」の品質を旗印としてきた日本の製造業が、「モノ」でなく「コト」、つまり顧客の体験価値を売る組織へとシフトするのです。この変革は、ビジネスモデルや組織構造の抜本的な改革を必要とするため、難易度は極めて高いと言えますが、今まさに、日本の製造業は、このようなチャレンジに直面しつつあります」
円形のバブルチャートは調査企業の平均的な企業価値の大きさを示す(アクセンチュア調べ)
あらゆる分野や業種で必要なデジタルトランスフォーメーション。それは働くすべての人が当事者になる変革だ。それは企業にとっても、そこで働く一人ひとりにとっても、新たな可能性を切り開くきっかけになることだろう。
吉田 渓 = 文 西川節子 = 写真 Kei Okano = イラスト