電通総研内のクリエイティブシンクタンクによる連載「NEW CONCEPT採集」

イラストレーション=尾黒ケンジ

「特に何もしていないのに4つの外国語を習得した」と聞けば「なんだ、天才の話か」と思うかもしれない。しかし、さにあらず。これは「花粉症」の発症と同じ現象なのだ。文法なんていらない、読むのは絵本でOK、人見知りでもいいじゃないか。「感染」さえすれば、転職も、料理も「なんでもござれ」である。


今年、ついに花粉症を発症してしまって……。というセリフを毎年耳にする。特に何かいつもと違うことをしたわけでもないのに、毎年浴びている分が溜まり、ある日突然発症する花粉症。花粉症だととてもポジティブな気分になれないけれど、もしもある日突然、何かの能力が発症したらどうだろう。少しワクワクした気分になりませんか。私はこのモデルにより、4度にわたり「外国語」を発症してきた。早速、発症方法を説明しよう。

両親の仕事の都合で6カ国を転々とし、言語もほぼ毎回変わる環境で育ったと言うと、「言葉を覚えるの大変だったでしょう?」と聞かれるが、特に何もしてないというのが私の本音だ。当時、子どもだったので「外国語」や「文法」という概念をまだ理解していなかった。さらに、人見知りだったこともあり、学校ではとりあえず何もせずとにかく周りをよく観察し、一言もわからないまま会話をひたすら浴び続けた。「今、何って言ったのかなあ」と思いながら。

では、それぞれの学校でどうしていたのか。

日本では、周りの同級生の会話をただただ聞く。意味はわからないし、自分は恥ずかしがり屋で喋らない。イタズラをして、怒られて、怒り方に詳しくなる。真似してみる。日本語だと思っていたけど、実は英語で話しかけてくれてたなんてこともあった。でも、それさえも気づかなかったことも。

フランスでは、クラスで流れていた歌を覚えて真似して歌う。歌の意味はまったくわからない。メロディーで発音や単語の区切りを予測する。間違えてたこともしばしば。自分のセリフはまったくわからないなか、クラスの演劇で重要な役を任された。

アメリカでは、ニコニコしながらただ周りの会話を聞く。絵がたくさんある本を眺める。絵以外はわからない。絵と言葉の組み合わせから意味を予測。正解は確かめない。全然思っていたのと違うこともしばしば。休み時間の校庭がいちばん話していることを予測しやすい。動きがあるから。

イギリスでも、休み時間になると体を動かしながら、みんなの会話を聞く。あ、「なわとび」って多分この単語かなあなどとここでも予測を繰り返す。

今まで覚えた別の言語に似た言葉があったら、そこから意味を予測する。でも大体は外れる。時々当たると嬉しい。わかるまでこれをずっと繰り返す。とにかく、「わからない」が当たり前で、「わかる」は奇跡というスタンス。これが、重要なポイントだ。

次第に見聞きした言葉がどんな言葉の前後によく来るのか(単語だけ覚えてもつながっていかない)、どんな時にみんながそれを喋るのか(状況や表情など)の経験が蓄積され、意味の大枠を予測できるようになる。予測がつながって、パターン化され、ある日突然「もしかしたらこういうことかも!」とわかるようになる。

そうなれば、X-rayのようにルールや仕組みが見通せるようになり一気に理解が広がる。まさに、発症。ポイントは、100%の理解を目指さないこと。70〜80%の精度でわかればOK。残りの約20%はミステリーとして常に想像力を試し、好奇心と予測する力を鍛えてくれる。これが「わからない」への恐怖を抑えてくれる。わからないことがあるのは「ふつう」になるから。

文=キリーロバ・ナージャ

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