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「市場の力は、対立する民族や国家を繋ぐためのツールになるはずだ」

アラブ人とイスラエル人が作ったチョコ、シンハラ人とタミル人が作ったココナツミルク。対立を繋ぐフード・ビジネスを経て、ナッツバー富豪となった男はいま、何を考えているのか。


いまやアメリカにおいて、「カインド」のナッツバーを知らない人はいないだろう。「健康」と「社会貢献」を高らかに謳う広告戦略に乗り、チョコレートやハチミツを配合したこの24種類のナッツバーは、田舎の小さな商店から高級食品スーパーのホールフーズ、量販店のターゲット、アウトドア用品店のREI、スターバックスにまで置かれ、デルタ航空の機上でも配られる。調査会社のユーロモニターによれば、カインドは米国のスナックバー売り上げランキングのトップ5に入るという。

2004年の創業以来、カインド・ヘルシー・スナックスの創業者、ダニエル・ルベツキー(50)は20億本のナッツバーを売り上げてきた。カインドの元重役は言う。「出会ったころ、ダニエルは言っていた。ビリオネアになるつもりだと。自分にはビジネスについて成すべき夢がある。そして、世界平和について成すべき夢もある。だから成功をつかむまで休むわけにはいかないんだ、と」

ホロコースト生還者の子どもは対立する民族の橋渡し役を夢見た

ルベツキーは1968年にメキシコシティで生まれた。4人きょうだいの第二子で、父親はホロコーストの生還者だった。

9歳のとき、彼は父親からドイツのダッハウ強制収容所で過ごした3年間のことを聞かされた。母は父が強制収容所について話すのを聞いてこう言った。「なんて話をするの? まだ9歳なのよ」。すると父は答えた。「9歳だから話してるんだ。私は9歳の時、あれを生き延びる必要があったんだから」。

84年、父親は家族を連れてテキサス州サンアントニオに移住し、米国とメキシコの国境近くで免税店を経営しはじめた。何のきっかけからか、父親を介して知り合った取引業者のひとりが、若きルベツキーに卸値で時計を売ってくれることになった。起業家精神あふれる高校生は、毎週末、近所の蚤の市に出向き、マージンを乗せて時計を転売した。大学に入るころには、ショッピングモールの一角を借りるまでに商売は拡大していた。

社会貢献のために、ビジネスが「利用できる」とルベツキーが確信したのは、トリニティ大学で経済学と国際関係論を学んでいたときだった。

彼は268ページの卒業論文のなかで、アラブ人とイスラエル人が一緒にビジネスをすれば、両グループの間に現実的かつ有意義な関係性が築けると主張した。

「市場の力は、対立する民族や国家を繋ぐためのツールになるはずだ」

90年にトリニティ大学を卒業すると、ルベツキーはスタンフォードの法科大学院に進む。外交の世界で仕事をし、中東に平和をもたらしたいと望んでのことだった。

文=エンジェル・オーユン 翻訳=町田敦夫 編集=杉岡 藍

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