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朝日新聞編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)

私が入手した北朝鮮のスマホ「アリラン」。38種類あるアプリに中に、「名医院」と銘打たれたプログラムがある。金日成総合大学・ナノ技術研究所の監修だという。

起動すると、金正日総書記の巻頭言が出てくる。そこにはこうある。

「診断をすぐ行うことは、治療をうまくやる先決条件です。診断をすぐにやれば、治療の対策を十分に立てることができます。現代の診断設備を正しく利用し、医師たちとの協議を強化し、診断治療事業の科学技術水準をさらに高めなければなりません」

プログラムは、「家庭用医療診断と治療支援体系」との題名のもと、「総合診断」「予診」「治療法」「薬物便覧」など計8種類に及ぶ。予診なら、それぞれの部位や症状ごとに、痛みがあるかどうか、どの程度の痛みかなどを記入していくことができる。

なかでも傑作なのが「視力診断」だ。距離5メートルの位置から画面に出る記号の向きを答えていく。一番大きな記号で視力は0.1。それからクリックするたびに、記号は小さくなっていき、最小の記号を判別できれば視力は2.0になるという仕組みだ。同様に色覚検査もできる。

でも、果たしてこれがどこまで役に立つのだろう。

そもそも、北朝鮮が誇る「無料医療体系」が崩壊して久しい。知り合いの脱北者によれば、医師が無料でやってくれるのは診断まで。必要な薬は、自分で市場に行って用立ててこなければならない。

しかも、診断だってカネ次第の世界だ。知人はある日、虫歯のひどい痛みに我慢ができずに近所の医院に走った。待合室は患者で満員だったが、そこで医師に「袖の下」として、幾ばくかのドルを支払った。

医師は喜び、「次からは、直接治療室に入ってきなさい」と言った。次の治療の時、本当に直接、治療室に行くと、医師は治療中だった患者に、「重要な仕事ができた」と言い放つと、数少ない治療台から立たせ、代わりに知人を誘ったという。

そして、病院だって貧富の格差が厳然としている。平壌には、党の高級官僚のみが利用できる「烽火(ポンファ)診療所」、中級幹部が利用できる「南山病院」や「赤十字病院」、さらにその下の人々が利用する「金万有記念病院」など、ランク分けがはっきりしている。

地方の粗末な病院ともなると、ろくな治療設備もなく、ビール瓶を点滴用の器具として使い回している。治療用に使う脱脂綿は、何度も煮沸して使うので、どれも茶色く濁っている。

北朝鮮の人々が「オルム(氷)」、「ピンドゥ」と呼ぶ覚醒剤も、手に入らない治療薬の代わりの鎮痛剤として使われている。

文=牧野愛博

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