新・パリのビストロ手帖

その店は、ずっとそこにある。老舗デパート「ボン・マルシェ」の裏手。かつて一度だけ食事をしたことがある気がするのだけれど、確かな記憶ではない。ただ、ずっと気になる存在で、そして、いつも、店の前まで行くと足が止まってしまっていた。

躊躇する理由は、そこにある空気が、どうしてもどこかの社員食堂のような感じだったからだ。見知らぬ誰かに入ってきて欲しい、そんな媚びにも通じるものが欠片もない。店内で食事をしている人たちもまた、ものすごくフラットなテンションでいるように、外から覗くたびに、見受けられた。

私は、初めての店に入るとき、 なかなか思い切ることができない。それは自分が暮らす場所でも、旅先でも同じだ。「ここ、良さそうだなあ」と思ってから、何度も前を通り、様子を伺う。怪しまれる行動だが、そうして自分のアンテナがどう反応するかを探る。何度か繰り返したのち、何かしらのフィーリングがすとんと心のどこかに落ち着くと、よし! と思って入店する。

「オ・バビロン」はその最たる1軒だった。この店には、私にとって信頼の指標となる条件がひとつあった。ランチしか営業していないのである。私が知る限り20年前にはもう存在していた。そう長く意識していながら、意を決して、ランチに出かけることにしたのは最近のことだ。

生野菜料理と「本日の料理」と

窓を開け放した店内に入り、「1人です」と伝えると、「どこでも好きなところにどうぞ」と言われた。自分よりも少し年下かと思われる女性は、柔らかな雰囲気、かつ穏やかな応対で、愛想が悪いわけではないけれど、とりわけ良いわけでもなかった。

奥に長い店内を見渡すと、4人テーブルに1人で座っている人が何人かいた。それで、手前の、カウンターの斜め向かいにある4人掛けのテーブルを「ここでも?」と指し示すと、「どうぞ」と促された。



メニューには、キャロット・ラペ、根セロリのレムラードソース和え、ピーマンのマリネ、今はほとんど見ることのない生野菜料理(前述のような)の盛り合わせなどが前菜として並び、4〜5ユーロ。メインは「本日の料理」と銘打って、鴨のアッシ・パルマンチエ、仔牛のロースト、仔羊のあばら肉と、クラシックな料理のラインアップに、どの皿にもジャガイモのピュレが付くようだ。

私は、ニシンとジャガイモのオイル漬けを前菜に、仔牛のローストをメインで注文した。

文・写真=川村明子

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