マネー

2019.08.17 17:00

三姉妹で「家の味」を継承する、昼のみ営業のパリの食堂


デザートまでとても興味深い料理が並ぶメニューから顔を上げ、あたりを見渡す。あれ? と目の前に見える3つのテーブルを視線がさまよった。どこにも、ワインを飲んだ形跡がない。ミネラルウォーターさえなく、見えるのはキャラフ・ドー(ピッチャーに入った水道水)だ。



軽く動揺していると、ひと口大に切った小粒のジャガイモが無造作に盛られ、その上にニシンの切り身が1枚横たわっている前菜が運ばれてきた。塩気の強いことが多い一品だが、違和感のない味付けで、この店に流れる、1秒が通常の3秒くらいなのではないかと思える時を全身で感じながら食べた。

思い出したホームステイ先の味

前菜の皿が下げられると、すぐにメインがやってきた。仔牛のローストに、フェンネルのグラタンとジャガイモのピュレが付いている。肉には、おそらく一緒にローストされたのであろう飴色になった玉ねぎ(もしかしたらエシャロット)が載っていた。



少し白味がかった透明感のあるフェンネルから食べた。クタっとした見た目にたがわず、トロトロとした食感。冷たくなっても美味しい味だ。続けて、飴色の玉ねぎをちょこっとつけて、仔牛肉を口に運んだ。かつて食べたことのある味だった。どこで食べただろう? レストランではない。頭に浮かぶのは、いろいろな家でご馳走になった料理だ。

ほどなくして思い至った。ホームステイ先である。渡仏当初に5カ月ほど暮らした家だ。料理好きのマダムは、毎晩オーブンをフル稼働させ、塊肉のローストがよく食卓にのぼった。

途端に、口元から力が抜け、徐々にそれが全身に浸透し、目の周りがほわーんと熱を帯びた。間違いなく記憶にある味だった。なんということだろうと、突然沸き起こった感情をうまく処理できないままそのひと皿を食べ終えた。

デザートは、桃とアプリコットのクラフティにした。食感のコントラストとか、歯応えとか、そんなこととは無縁で、プリンのような優しい卵液に果物を浸して焼いたものという風情だった。そしてアプリコットは酸っぱかった。それも、ホームステイ先で初めて食べたマダムお手製のタルトを思い出させた。アプリコットが遠慮なく酸っぱかったのだ。

当時、大学を卒業したばかりの私は、酸味を携えた果物の美味しさを理解してはいなかった。だからとても驚いた。「オ・バビロン」のクラフティは、酸味のある果物を使ったフランスの味だった。そして、どこまでも、家庭の味でもあった。
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文・写真=川村明子

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