新・パリのビストロ手帖


どれだけ家庭料理と謳っていても、レストランで出されるそれは、店の味だと私は思ってきた。商品化されているものには、どうしたって商品としての味がする。良くも悪くも、代金を支払って食べるもの固有の味があると感じる。

レストランで出される料理で、体の奥から「家庭の味だ」と自分の知る味を思い出すことはほとんどない。

だからなのか、私はこの店には、いつも1人で行きたい気がする。実家に帰ってソファにどかっと座りぼーっと過ごすときのような感覚に、この店で席につくと自然となる。

ピュレを食べに週3日でも

ある日、ランチタイムもほぼ終わり、という時間に訪れた時のこと。「まだお昼食べられます?」と訊くと、「ちょっと待ってね、聞いてくる」と末妹が厨房に確認に行った。「仔牛のエスカロップ(薄切り肉)をソテーしたのしか残ってないけど、いい?」と言われ、「もちろん!」と答えて席に着いた。

まるで、実家に帰った時に「お腹空いてるの? お肉を焼くのでいいなら、あるわよ」と母親に言われるかのようだ、と席につきながら思った。すぐに運ばれてきた、焼いただけのお肉は、ツヤツヤと見るからに美味しそうな姿をしていた。



そんなやり取りを交わすこの店に、誰かと一緒に行って、テーブルを介しここでの食事の時間をシェアすることを想像しても、どうもしっくりこない。そして、日本だったら実家でごはんが出てくるように、ここにはジャガイモのピュレがいつでもある。それこそ週に3〜4回食べにくる常連客には、肉や魚は何でも構わないけれど、ともかくピュレを食べたくて来る人がいるそうだ。

そしてやはり、必ず1人で来る人たちが何人もいるという。

「そういう常連客は、他の店に食べに行った話もよくするけれど、いつも誰かと行っているのよ。だけど、うちには、1人でしか来たことがない。そう決めているみたいなの。面白いわよね」と、末妹のマリザは私に、静かに微笑んでつぶやいた。

連載:新・パリのビストロ手帖
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文・写真=川村明子

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