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AMBUSH デザイナー YOON

今年で2回目の開催となる、30歳未満の次世代を担うイノベーターを選出する企画「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」。

今年は、10部門に増やし、幅広い領域で活躍する30歳未満を合計30人選出する。選出に際して、各部門の第一線で活躍するアドバイザリーボードを組成。各界のフロントランナーたちに選出審査を依頼し、その結果をもとに編集部で協議を行った。



東京発のストリート系ファッションブランドとして世界から支持されるAMBUSHの️デザイナー、経営者として唯一無二のスタイルを確立してきたYOON。

「ユニセックス」を掲げたブランドコンセプトは、とりわけ日本では最初から支持された訳ではなかった。

アメリカ・シアトルで育ち、フルスカラシップを受け、グラフィックデザインを学んだ大学時代。最初に働いた職場での突然の解雇。そしてパートナーに誘われ来日し、遊びで始めたジュエリー制作から、ブランドAMBUSHを始めてからのことまで──。

今回インフルエンサー部門のアドバイザーとなったYOONが、20代を中心にさまざまな人生経験を振り返り、若者に伝えたい力強いメッセージとは。

中学生のころから夢に一直線

私がファッションに興味を持ったのは、中学生のころ。アメリカ・シアトルの郊外に住んでいて、学校終わりに近所の図書館でアルバイトをしていたんです。そんなに忙しくなかったから、手が空いたら自由に本を読めた。その時、海外のファッション雑誌もいっぱいあって、VOGUEやELLEなどをよく読んでいました。きっとニューヨークに行けば、こういう派手で楽しそうな仕事があるんだろうなぁと思っていました。

でも、当時はファッションの道に進もうとは思わなかったですね。夢はグラフィックデザイナーになることでした。アメリカの学校では、授業でプレゼンテーションをする機会が多いんです。当時はインターネット以前の時代だったので、自分で好きなトピックを選んでボードを作り、クラスメイトの前で発表していた。その作業が好きでした。情報をグラフィックに落とし込んで作るのがすごく楽しくて。

でも、それがどんな職業になるのかは分からなかった。先生に聞いたら「グラフィックデザインかもよ」と言われて。それから私の将来の夢が決まったんです。中学生のころからそれをかなえるために一直線に進み、色々調べて大学進学に向けて準備しました。

ボストン大学にフルスカラシップ(支給型奨学金)をもらって入学し、グラフィックデザインを専攻。他にアートの歴史なども勉強していました。

今、一緒にAMBUSHをやっている夫のVERBALとは、20歳くらいの時に出会いました。最初に会った場所は教会でしたね。コリアンアメリカンは文化的に宗教を大事にしている人が多く、毎週、週末には教会に行っていました。出会って1年半くらいたって付き合い始めました。

文=督あかり 写真=小田駿一

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