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遊びで始めたジュエリー制作

私は特にスタイリストになりたい訳じゃなかったんですけど、彼らがどんなブランドが好きかなどを一番分かっていたので、ステージ映えする衣装を探して買い付けたりしました。その時、衣装に合うジュエリーも必要でした。探してもいいものがなかったので、VERBALと「自分たちで作ろう」ってなりまして。ジュエリーを作る職人を何人か知っていたので、彼らと「ものづくり」を始めたのがジュエリーデザインのきっかけです。

最初は遊び感覚でしたね。大ぶりなジュエリーを作るのが楽しかった。友達のファレル・ウィリアムスやカニエ・ウェストなどが来日した時に、お土産として渡していました。カニエが気に入って身に付けていると、海外のバイヤーたちから連絡が来るようになり、オーダー分だけ作って卸すように。こうして少しずつ事業を広げていきました。計画的ではなく、すごくオーガニックな流れだったんですよ。2009、2010年ぐらいのことです。

ファッション業界で働いたこともなかったし、勉強もしたことないので、PRや流通方法などのシステムが分かっていなかったのですが、本気でやるならブランドとして出そうと思いました。そこで初めて正式に発表したのが、2012年のジュエリーコレクションだったんです。これが、AMBUSHブランドの始まりです。

「ユニセックスって何?」

AMBUSHは、最初からうまくいったわけではありません。最初は、卸店の半分以上が海外でした。日本ではなかなかうまくいかなかった。日本のファッション業界にはシーズンごとに新しいコレクション出すジュエリーブランドはなかったし、ユニセックスというジャンルも納得してもらえませんでした。

「これは、どっちのカテゴリー?」「ユニセックスって何?」というような状況でした。もし私たちがファッションの学校に行ったり、ファッションの会社で働いていたりしたら、業界と同じマインドでやっていたかもしれません。でも良い意味で自由だったし、自分たちの味を出すことを大事にしていたので、レディース、メンズ関係なく「2人で作れて2人で着られるもの=ユニセックス」というコンセプトが、「Make sense」(理にかなう、という意味)したんですよね。

日本だけでやっていても成長できないと思って、2015年からパリのファッションウィークに合わせて展示会を開いています。

真の「インフルエンサー」の条件

誰かをインフルエンスするためには、その人のオリジナルの価値観や意見、テイストを持たないとダメだと思うんですね。でも今、一般的に「インフルエンサー」という言葉が使われすぎていて、正直その意味合いが薄くなっている。インスタグラムとかのフォロワーが多ければ誰でもインフルエンサーを名乗れるようになっているじゃないですか。でも、本当はフォロワーの数なんて関係ないんですよね。

私はその点厳しいので、AMBUSHのインスタグラムではセレブの写真をほぼアップしません。一般的に「インフルエンサー」と言われる人を使えば簡単に広がっていくのは分かるんですけど、ものがよければ買ってもらえると思うんです。

文=督あかり 写真=小田駿一

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