パスポートを画面上に置いて顔写真のページを読み込ませ、正面を向いて撮影した顔写真と照合させれば認証完了だ。数秒程度で通過することができる。出入国審査官不足に対応したソリューションでもある。
パナソニックといえば消費者向けの家電製品のイメージが根強いが、BtoBの分野でその存在感を発揮しはじめている。企業向けのシステムやソリューションを担うパナソニックコネクティッドソリューションズ(CNS)社では「現場プロセスイノベーション」を掲げ、様々なものづくりやビジネスの現場の自動化や合理化を進めている。同社の樋口泰行社長に話を聞いた。
樋口社長は大学卒業後、1980年に松下電器に技術者として入社した。米ハーバードビジネススクールでMBAを取得後、1992年に同社を飛び出し戦略コンサルに。2003年、45歳の若さで日本HP社長に就任。その後ダイエーの社長、日本マイクロソフトの社長・会長を歴任し、2017年にパナソニックCNS社に社長として戻ってきた。
パナソニックCNS・樋口泰行社長の「出戻り」物語 今反芻する松下幸之助の教え
ファミマ実験店舗の店長はパナ社員 日本版「アマゾンGO」の衝撃
コンビニの果たす役割が複雑化している。一方で働き手は足りない。パナソニックCNS社がファミリーマートと手を組み、IoTを活用した次世代コンビニの実験を進めている。パナソニック自らがフランチャイジーになり、実証実験店舗として今春、ファミリーマート 佐江戸店(横浜市都筑区)をオープンした。店長はパナソニックの社員を派遣した。
この店舗では画像処理による商品読み込みと、ディープラーニングを応用した顔認証技術による決済や、店舗内をカメラやセンサーでセンシングし業務をアシストするシステム、店内の価格表示やPOPのデジタル化も進め、滞留ヒートマップなどデータに基づいたマーケティングも行うという。
「コンビニのソリューションはお客様と接点を持ってフィードバックをいただきながら、実際に使うシチュエーションを教えていただき、改良していって初めて形になる。普通の製品よりも、よりお客様とのインタラクションが大事になるサービスなので、まだまだチャレンジングな部分が多いのですが、それだけに我々がフランチャイジーになって、『やってみよう』と思いきりました」。
まさか、パナソニックに入社してコンビニの店長になるとは思ってもみなかっただろう。
これまで商品を大量に生産し販売してきたパナソニックがCNS社内に「現場プロセス本部」を設けた。1件1件の顧客とのプロジェクトに対応する中で、横展開できる、スケーラブルなソリューションを探すチャレンジだ。「たくさんのプロジェクトが進んでいます。これは今までちょっとなかったことかもしれません」と樋口社長。
パナソニックのロボットシステムが火鍋の具材を自動で「配膳」
パナソニックと中国の大手火鍋チェーンの「海底撈」とのコラボも話題になった。顧客の注文に応じ、厨房で火鍋の具材を自動で配膳するロボットを手がける。人件費が高騰する中国で高まる自動化ニーズに答えた。
「これからは中国だ」。パナソニック本体の津賀社長に言われた。「パナソニックは中国でもビジネスできなきゃいけない。BtoBでもいい事例をつくってほしい」
人づてに紹介された海底撈のトップは「松下幸之助先生を尊敬しているので、松下先生の会社と一緒に仕事をしたい」と話した。今やグローバルにも展開している火鍋チェーンというだけあって、スマートレストランや物流の自動化については、すでに中国のメーカーと共にイノベーションに取り組んでいた。
「日本に来て、我々の技術を色々見ていただいて、それで協業できるところを探りましょう」。樋口社長が案内した。
そこでいろいろな提案をしたが、ほとんど中国メーカーでできてしまうという。「パナソニックは高い、遅い。中国メーカーは早いし、安いし、品質ももう問題ない、と言われました。ガーン、とショックを受けました」
検討する中で、唯一、具材を自動的に配膳するサービスにたどり着いた。非常に細かなすり合わせと調整が必要な分野で、パナソニックならではのきめ細やかな対応が中国のメーカーとの差別化要素となった。
「ソーラーや液晶など、資金を投入して大量生産できるものは、中国、韓国、台湾には負けます。彼らは非常にパワーゲームに強く、ガチンコ勝負をしても敵わない。日本の企業はもっとメカニカルな、あるいはオプティカルな、アナログな分野に勝ち筋があるのではと考えました」
現場のニーズに応える。「そこが駄目やったらもう駄目」
海底撈とのやり取りを通じて、一筋の光が見えてきた。「現場主義」。顧客の課題に寄り添い、複雑な生産設備や自動化設備を担う。メンテナンス事業など付帯事業もあり、ビジネスに厚みが出る。日本人のクラフトマンシップやホスピタリティも生きてくる。
樋口社長が「現場」にこだわるのはこれが初めてではない。2005年のダイエーの社長就任時に「現場改革」を掲げ、現場を統率する全国の店長・支配人に1本1本自ら電話をかけたというエピソードがある。その数263本。社長就任直後、現場への配慮と激励の思いを直接伝えた。
「人件費が高騰し、これから製造分野だけではなく非製造分野、流通、物流、小売、レストランなど様々な現場で自動化ニーズが高まります。振り返ってみると、我々はものづくりを楽にできるように、内製でいろんな自動機を作ってきました。要素技術もたくさん持っている。我々のDNAが生かせるんです」と力を込める。
人間の仕事はいずれAIに取って代わられるのではないか、と言われる。
「ジェネラルなデータを集められるテックジャイアントには、その規模やデータ量を生かした翻訳や自然言語処理、画像認識ではもはや勝ち目がないです。しかし今まで日本の製造業が積み重ねてきた、現場のリアルデータというのはネット上にはない。この日本の製造業とディープラーニング、あるいはコンピュータビジョンとの掛け合わせでできることが多くなるのではないかと考えています。逆にいうと、そこが駄目やったらもう駄目」
神は細部に宿る。AIの時代だからこそ、現状把握や課題設定の力が問われ、そこにパナソニックのひとつの勝ち筋があると考えた。
「ビジネススクールのカリキュラムも知識志向や、スキル志向、IQ志向のコースから、もっと経営者としてのEQを高めるカリキュラムが増え始めているそうです。知識は調べれば良いが、人のマネジメントや顧客の課題認識などEQベースの仕事は、今のところ人間しかできない」
顧客とコミュニケーションし、経営課題を正確に理解する。パナソニックへの期待はそこにある。顧客の会社全体の最適化については経営の視点が欠かせない。樋口社長の経営者としての幅広い経験が生きてくる。海底撈、ファミリーマートとTop to Topのリレーションを維持しながら、自らプロダクト推進の全体的なマネジメントを行う。顧客との共創が高い参入障壁となる。
「かつては実験室や工場にこもって、いいものを開発するだけで売れていましたが、今はスペックだけでは売れません。『ないものを創り出す』ことが問われています。どんなプロダクトでも最初は非常に小さいところから始まっています。そこを育てるまでの過程や見極めは、これはもう経営が上手いか下手かというところにかかってきますね」
一方で、顧客と実験しながら共創していくのは非常に手間とコストがかかる。結果うまくいかないことが続くと苦しくなる、とも語る。シビアな見極めをしながら、将来的にスケールアップするソリューションを育てる。
顧客の経営課題に寄り添い、今、ないものを創り出す。異色の経営者が見つけた一筋の光は、パナソニックCNS社の道標となっている。
全3記事の連載も次回が最終回。ドラスティックな改革は、同社の社員をどう変えたのか。樋口社長が会社経営で重視している意外な要素とは──。
パナソニックCNS・樋口泰行社長の「出戻り」物語 今反芻する松下幸之助の教え
樋口泰行(ひぐち・やすゆき)◎パナソニック コネクティッドソリューションズ(CNS)社 代表取締役 専務執行役員。1980年、松下電器産業入社。在籍中に米国留学し、1991年、ハーバード大経営大学院卒。1992年、ボストンコンサルティンググループ入社、その後アップルコンピュータ、コンパックコンピュータを経て、2003年、日本ヒューレット・パッカード代表取締役社長に就任。2005年、ダイエー代表取締役社長。2007年、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)代表取締役兼COOに就任、翌年同社代表執行役社長兼マイクロソフトコーポレーション副社長。日本マイクロソフト代表執行役会長を経て、2017年4月、パナソニックCNS社社長、パナソニック本体の専務役員に就任。2017年6月から現職。