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“獲る”意識の違いが金と銀の差

2008年の北京オリンピックで銀メダルを獲った瞬間が、確実に人生の転機でしたね。23歳の時です。

フェンシング 男子フルーレ個人で、日本人史上初の快挙というニュースは連日連夜流れたこともあり、フェンシングの注目度も高まると同時に、僕自身のことも一気に世間に知られるようになります。

「次こそは金メダルを獲ります」

インタビューを受けるたび、僕はそう答えてきました。メディアから求められている答えはこれだけだと思っていたからです。もちろんフェンシングを始めたころからオリンピックの金メダルは念頭にあったのですが、周囲の期待と自分の発言に引っ張られて、より一層意識するようになりました。

でも結局、僕はオリンピックで金メダルを獲ることはできなかった。いまはその理由が分かります。それは、「本当の意味で金メダルを目指していなかったから」です。



よく解説者やキャスターの方が「紙一重で金メダルを逃した」と言うけれど、金メダリストと銀メダリストの差は紙一重どころじゃない。たとえ接戦の末の銀メダルだったとしても、そこには果てしなく大きな差があります。

では、その差を埋めるのは何か。マインドです。 僕は小学校や中学校の頃から「オリンピックでメダルを獲りたい」と思いながら練習をしてきました。でも、それは「メダル」であって「金メダル」ではなかった。北京五輪で銀メダルを獲ってからは、次は金メダルだと目標を上方修正しましたが、遅すぎました。

親しくさせていただいているスポーツ選手のひとりに、北島康介さんがいます。康介さんのマインドは僕とは全く違ったんです。

康介さんは小さい頃から「メダルを獲れたらいいな」ではなく、「金メダルを獲る」と明確に志しています。 この時点で、メダルを狙うアスリートとしての格が違う。ラッキーで金メダルを獲れる人は存在しません。必ず獲ると本気で志して、そのための準備をしている人のなかの、さらにほんの一握りが金メダルを手にできるんです。

それにいま振り返れば、僕の実力を考えると北京オリンピックは「出来すぎの銀メダル」でした。200%のパフォーマンスを出せたから銀メダルを獲れたのであって、あれが僕の限界だったんだと思います。

僕にとってのオリンピックは、常に最大のパフォーマンスを発揮させてもらえる、そんな舞台でしたね。

文=田中一成 写真=小田駿一

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