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2019.08.28 11:00

変わりゆく、オープンイノベーションのかたち 開き始めた大手企業の扉

新規事業を生み出し、既存事業を変革させる手段としてすでに常識になりつつあるオープンイノベーション。日本でもその重要性は広く知られるようになり、社会に大きなインパクトを与える事例が続々と生まれる機運が高まっている。

日本におけるパイオニアたちの轍が見え始めているのがここ数年だ。地に足のついた実用的なケースがいくつも生まれている近年、中でも、大手企業が組織外の知見や技術を積極的に取り入れる姿勢が目立ってきている。

もちろん大手企業であるがゆえのハードルの高さから、その道のりは決して平坦なものではなく、この重たい大手企業の門戸が開き始めたこともオープンイノベーションの隆盛に一役買っていると言えるだろう。

現場の最前線で取り組んできた実践者の目には、これまでの軌跡はどのように映っているのだろうか。大手企業の当事者たちの証言を中心に振り返りながら、変遷を遂げてきたオープンイノベーションのあり方を探る。


オープンイノベーションを阻害する要因

政府の知的財産戦略本部が2019年6月に公表した報告書「ワタシから始めるオープンイノベーション(OI)」※1 の緒言には、「社会にインパクトを与える実質的なOIの実例が次々と生まれているという状況には至っていない」 と書かれている。

こうした評価につながった理由はどこにあるのか?東急電鉄でスタートアップ企業の支援を通じて産業の新陳代謝の促進に取り組む「東急アクセラレートプログラム」の運営統括を務める加藤由将氏(以下、加藤氏)は、高度経済成長期を経て日本企業が徹底した内製化を推進していった歴史が、「非線形な成長」を阻害した側面があると述べた。

「組織が内製化の方向に進み、それが企業風土として定着してしまうと、どうしても外部から知見を獲得しようとする動機づけは働きにくくなります。今考えると、これは組織として必ずしも健全な状態ではなかったようにも思います」


東急アクセラレートプログラム運営統括 加藤由将氏

イノベーションの創出を図る上で、社外の知見に積極的にアクセスすることなしに、非連続な成長を実現することは難しい。町家を活用した「京の温所」を手掛けるなど、数々の新規事業を手掛けるワコールホールディングス 未来事業推進企画室室長の西村良則氏も次のように語る。

「我々の事業領域である女性向けインナーウェアという狭い業界では、誤解を恐れずに言えば、いわゆる『自前主義』で間に合っていた部分はあると思います。しかし、これからの時代は、新規事業の創出等に取り組む場合、外部の組織やプロフェッショナルと組むことが必要不可欠です」


ワコールホールディングス 未来事業推進企画室室長 西村良則氏

大手企業とスタートアップの相互理解が重要

大手企業がスタートアップと協業する上で重要なポイントは何だろうか。国内最大級のオープンイノベーション実践企業が活用するプラットフォーム「eiicon」の代表を務める中村亜由子氏(以下、中村氏)は、「相互理解」が最も重要なキーファクターの一つだと強調し、より実務的な観点で次のように語った。

「個人的には、『書面契約の徹底』はひとつのポイントとなると考えています。大手企業とスタートアップが業務提携等を実施する場合、口約束ベースで取引を開始してしまうケースもまだ少なからず存在するのですが、『口約束』に法的効力は基本的に発生しません。また、書面契約が存在する場合でも非常に不十分なことも多くあり、例えば初期フェーズのみに関する取り決めであったり、逆に、実証後の売上分配のみの取り決めがなされていたりして、共創を進める各フェーズでの取り決めがないケースも存在しています」

社外のパートナーには、社内の常識は通用しない。異なる価値観を尊重し、相手のビジョンや目指す方向性を共創検討の初期段階ですり合わせることが大切だと中村氏は強調する。

「『書面』を一つの契機に、共創のゴールからしっかり逆算し、譲れない部分を明らかにしながら協議していくことが大切なステップです」
 

eiicon代表 中村亜由子氏

これらを踏まえた上で、大手企業とスタートアップの「相互理解」を前提とした協業を実現するためには、両者の強みを正確に把握し、適切な橋渡しを行うことができる人材が求められる。この点について、加藤氏は自身の経験から、「大手企業とスタートアップが連携し、世の中に価値を提供するためには、両者を適切にブリッジする『通訳者』の存在が必要」と述べ、その重要性を指摘した。

「何らかのパートナーシップ等を締結する場合、スタートアップ側からすれば、自社が保有する技術的な競争優位性を第一に訴求する場合が少なくありませんが、大手企業側からすれば、サービス自体を確実にお客様に対して提供できるか否かに重点を置く場合が多い。こうした認識の違いを正確に把握した上で、適切な着地点を設計することができる『通訳者』がいれば、無駄なコミュニケーションコストを削減され、協業がスムーズに進むケースが多いように思います」

もっとも、初期の頃と比べれば、大手企業とスタートアップ間の「相互理解」は着実に進んでいるという意見もある。2015年に「FUJITSU ACCELERATOR」を立ち上げ、富士通株式会社ビジネス開発統括部にてシニアディレクター兼ベンチャー推進事業部長を務めた徳永奈緒美氏(以下、徳永氏)は、以下のように語っている。

「ここ数年、大手企業出身者の方がスタートアップを創業したり、経営幹部として参画したりするケースも増えてきました。それに伴い、大手企業側としても、よりスムーズな形で、スタートアップと意思疎通を図ることができるようになっている印象です」


「FUJITSU ACCELERATOR」創設者 徳永奈緒美氏

一方、大手企業においては、同じ社内であっても、部署ごとに組織カルチャーが全く異なる場合もあり、部署間の「相互理解」がオープンイノベーションを推進する上で鍵を握るケースも少なくない。この点について、西村氏はこう語った。

「どのような方法で社内の利害関係者の協力を獲得するか。これが、オープンイノベーションの推進を図る上で最も難易度が高い。新しいことに取り組む場合、社内においても、経営幹部層であれば、取り組み自体を後押ししてくれるケースも多いのですが、現場責任者であれば、どうしても石橋を叩いてしまうケースも少なからず存在します。ただ、現場責任者の協力は言うまでもなく必要ですので、彼らにとってのプラス面を的確に提示し、前向きな協力を獲得していくことが重要だと考えています」


マネジメント層の意識改革は途上段階

近年、経営幹部クラスがオープンイノベーションに関する取り組みを積極的に後押しするケースは増えている。しかし、全体的に見るとマネジメント層への意識の浸透にはまだ課題があると徳永氏は指摘する。

「一般社団法人日本能率協会が実施した調査『日本企業の経営課題 2018』※2によれば、大手企業の多くが『新製品・新サービス・新事業の開発』を自社の課題として認識しているものの、『各分野への現在の投資スタンス』を見ると、『M&A』や『ベンチャー投資』のようなオープンイノベーションに関連する項目については、『増やす』『やや増やす』と回答している企業は決して多いとは言えない状況です」


一般社団法人日本能率協会「第39回 当面する企業経営課題に関する調査 日本企業の経営課題 2018」よりForbes JAPAN作成


オープンイノベーションそれ自体は手段に過ぎないと語る徳永氏だが、上記の調査結果を踏まえれば、大手企業におけるマネジメント層のオープンイノベーションに対する意識改革については、まだまだ途上段階だと捉えられるという。

「今後、オープンイノベーションの推進を図る上では、こういった現在の状況について正確に認識することも必要であると考えています」


参考文献
※1:ワタシから始めるオープンイノベーション
※2:日本企業の経営課題 2018


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