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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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この国が君のために何を為し得るかを問うことなかれ。君がこの国のために何を為し得るかを問いたまえ。

これは米国の第35代大統領、J.F.ケネディの就任演説の有名な一節であるが、スピーチライター、テッド・ソレンセンの名文としても知られている。

我が国においても、このケネディの言葉を好む政治家は多いが、この言葉が、実は「民主主義」というものの核心を教えている言葉であることを理解する政治家は少ない。

なぜなら、多くの政治家は、「民主主義」とは、国民が「選挙」での投票を通じて自分の望む政策を掲げる政治家や政党を選び、その選択を通じて「民意」を示すことであると考えているからである。

しかし、そうではない。「民主主義」とは、国民が選挙において「民意」を示すことだけではない。それは、ケネディの言葉のごとく、本来、国民自らが「国づくり」に参加することを意味している。

例えば、もし我々が地球温暖化問題の解決を望むならば、その政策を掲げる政党に投票するだけでなく、自ら主体的にリサイクルや省エネに取り組むことによって問題の解決に貢献すること、すなわち、「投票による政策決定への参加」ではなく、「行動による社会貢献と社会変革への参加」こそが「民主主義」の本来の意味に他ならない。

ではなぜ、その意味が見失われてしまったのか。

その背景には、「代議制民主主義」という制度の持つ、危うい落し穴がある。

すなわち、長く続いた「代議制」の下で、いつのまにか、我々国民は「選挙で民意を表明する立場」であり、政治家と官僚は、「選挙で示された民意に従って税金を使い、この国の運営を任される立場」であるという誤解と固定観念が生まれてしまった。

しかし、我々国民が「選挙で政治家と政党を選んだら、後は政治家と官僚にお任せ」という「お任せ民主主義」の状態に陥った結果、何が起こったか。

その結果が、慢性的に進む官僚機構や行政機構の肥大化であり、歯止めの効かない税金の無駄遣いであり、さらには、不透明な行政、不明朗な利権構造、政治家や官僚の不正や腐敗であろう。

文=田坂広志

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