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サウスサイドのビバップ(自由な即興演奏を含む音楽)のJAZZの世界であがめられている素晴らしいアーティストたちと一緒に演奏できたのは大きいと思います。彼らはものすごくいい耳をしていて、私が何をしてもついて来てくれる。安心して「自分の声」を探すことができたんです。商業的ではなく、前衛的な音楽を追求させてくれるシカゴという土地ならではだと思います。


今年6月、シカゴの有名なブルース・クラブ「Rosa’s Lounge」で大阪とシカゴのミュージシャンを共演させた。野毛はピアノ。

──しばらく演奏活動をお休みされていました。

2011年に、バンドのメンバーでもあった夫のクラーク・ディーンが巨細胞性動脈炎という病気を発症し、失明しました。その後アルツハイマーも併発しましたので、仕事をしながら24時間介護をしていました。アメリカは医療費が高額ですし、親戚も子どももいないですし、心細かったです。近所の人やコミュニティ、フィリピン人の介護ヘルパーに助けてもらいましたが、2017年に亡くなりました。

それから2年弱、徐々に音楽活動も再開しているところです。シカゴと大阪姉妹都市提携46周年を迎える今年6月には、ローザズ・ラウンジというシカゴでは有名なブルース・クラブで大阪の女性アーティストとシカゴの地元アーティストをコラボレーションさせるライブもやりました。

母親と夫の死で考えさせられたのは「人間とは、何だろう」ということです。母は精神病、夫はアルツハイマーでしたが、家族につらく当たったり、自分につらく当たったり、病気によって人間性が損なわれているように感じました。殺してあげた方が楽なんじゃないかと考えた時もありました。

そう考えた時に、人間はつまるところ「動物」で、動物である限り生きなければならない、そう思えたんです。ブルースでボーカルというパートは人間性が最も前に出る楽器。大阪という自身のルーツや黒人らとの関わり、経験した生死。これからもすべてを歌に出していきたいと思っています。


のげ・ようこ◎大阪生まれ。学生時代の1978年、痴漢撃退を歌った「おっさん何するんや」でビクターからプロデビュー。1984年、26歳で渡米。1999年「シカゴブルースフェスティバル」に日本人女性初のバンドリーダーとして出演。2008年には地元誌シカゴ・トリビューンのローカル・アーティストの年間アワードに選ばれる。現在、日本経済新聞米州総局シカゴ共同支局長とブルース歌手の2足のわらじでシカゴを拠点に活躍。アジアンアメリカン・ジャズフェスティバルの創設者であり、アーティストの交流などでシカゴと出身地大阪の姉妹都市提携にも尽力する。

構成=岩坪文子 イラスト=Willa Gebbie

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