キャリア・教育

2019.08.02 11:30

阪神淡路大震災が20歳の私を現場へと向かわせた | 藤沢烈 #30UNDER30


マッキンゼーでコンサルタントとして在職していた2003年には、NPO法人ETIC.(エティック)の地域活性化プロジェクトを手伝う機会に恵まれました。

ちょうどこの頃、「社会起業家」という言葉が生まれて、ブームが起きていました。ETIC.も経産省と共に、年間1億円規模の大きな事業を手がけていました。これは面白いと思った私は、ETIC.を手伝うためにマッキンゼーを退職し、経営コンサルタントとして独立しました。ETIC.では、連日、深夜まで会議を重ねたことを覚えています。

その後、自分でもベンチャーインキュベーションの会社を立ち上げました。しかし、事業としてはうまくいかず、数年で整理しました。何十億円という借金を背負ったわけではないので、大きな挫折だとは思っていません。



若いころの失敗はどうでもよくなる

40代になった今、私は一般社団法人RCFの代表として、災害の復興支援や社会起業家の育成を仕事にしています。

2006年にRCFを始めた頃は、ほぼボランティアでしたが、2011年の東日本大震災以降、民間の非営利組織に求められる役割が非常に大きくなりました。それにともなって、経営的にも成り立つようになりました。

以前は震災復興分野でフルタイムの仕事をする民間人はゼロでした。しかし、今でも約100人が専門的な仕事を続けています。私たちも、35人の社会事業コーディネーターの給料を支払えるまでの組織になりました。

我々は企業や行政から報酬をもらうため、行政職員よりもレベルの高いプロでなければなりません。今後は高い専門性と倫理性が要求される「政策起業家」的な存在が注目されていくでしょう。私が自信を持って復興政策を語れるのは、阪神淡路大震災以降、中越地震や熊本地震、西日本豪雨など、災害が起きるたびに被災地を訪れて、プレーヤーとして活動してきたからです。「ゼロからイチ」を経験してきたという自負があるからです。

30代、40代になって立場が確立すると、自分で「ゼロイチ」をやる機会はなかなかありません。ぜひ、20代のうちにいろいろな「ゼロイチ」を経験しておいてほしいですね。

20代の頃、私が「将来は社会貢献で稼ぐようになりたい」と言うと、多くの人から「できるわけがない」と言われました。しかし、言い続けた結果、今は実現しています。言い続ければ、社会は変わるのです。

若い頃の失敗は、20年後にはどうでもよくなります。もっと言えば、私のような40代の話なんか聞かなくてもいいんです。

ただ一つ、私が皆さんに言えることがあるとすれば、「今やりたいことは人に言え。今やりたいことは、今すぐ自分でやれ」です。自分の直感を絶対的に信じて、前に進んでください。その経験は、きっと将来に繋がっているはずです。


ふじさわ・れつ◎1975年京都府生まれ。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て独立し、NPO・社会事業等に特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、RCF復興支援チーム(現・(一社) RCF)を設立し、情報分析や事業創造に取り組む。総務省地域力創造アドバイザーも兼務。著書に『社会のために働く 未来の仕事のリーダーが生まれる現場』(講談社)など。

藤沢烈が「ソーシャル部門」のアドバイザリーボードとして参加した「30 UNDER 30 JAPAN 2019」の受賞者は、8月23日に特設サイト上で発表。世界を変える30歳未満30人の日本人のインタビューを随時公開する。

昨年受賞者、「スーパーオーガニズム」でボーカルをつとめる野口オロノや、昨年7月にヤフーへの連結子会社化を発表した、レシビ動画「クラシル」を運営するdelyの代表取締役・堀江裕介に続くのは誰だ──

文=畠山理仁 写真=小田駿一

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