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フォーブス ジャパン編集部 エディター


多くの映画監督、制作者たちが「自分たちで面白いものを作りたい」「こういうものが見たい」という気持ちを追求するために映画を作っていると思うのですが、日本の映画興行や芸能のシステムが出来上がり過ぎているためか、自由度が少なくなってしまっている。

そこをどうにか変えていきたい。そんな思いもあって、今回プロデューサーとして映画づくりに携わっています。

小泉:私もデビュー以降、女優としてドラマや映画など、いろいろな作品に関わってきたわけですが、どこか私たちの後ろを歩く人たちが歩きづらそうと言いますか……。

例えば、映画のキャスティングについても先に演じる役があり、その役に合わせて俳優・女優がキャスティングされるというより、俳優・女優がいて、その人に合った役が作られ、キャスティングが進んでいく。

それは決して悪いことではないと思いますが、何だか世界がどんどん小さくなってしまっているんじゃないかな、と。そこに対する危機感もあり、これは何かやってみせないといけないんじゃないか。そんな思いもあり、映像制作プロダクションを立ち上げました。

豊原:俳優であり制作者。両方の立場を経験してみて、改めて感じたのは制作者と俳優たちの見えない距離でしょうか。一つの役から純粋に作品世界を掘り進んでいく作業と、それぞれの俳優やスタッフが掘ったり広げたりした表と裏の世界を一つの作品にまとめるのでは、随分と視界が違います。

それに加えて、ひとりのお客さんとして見たときに「いつも見ているような人たちが出ている」「テレビドラマとあまり変わらない」という感覚を持つわけです。どうして独自性があり、自由度の高い映画が広がっていかないんだろう、と。

例えば、海外の作品を観たときに感じる“新鮮さ”。それはもちろん、海外の監督・俳優ですから、私たちが知るよりも前に現地ではすでに有名かもしれませんが、それでも無名に近い俳優たちが活躍していたり、無名の監督が出てきて賞を獲得したりしているわけです。

それは彼らに共通している「クオリティの高さ」。これにはちょっとしたジェラシーみたいなものも感じます。日本にも俳優や女優、技術者、制作者たちにはとてもクオリティの高い人間が実はたくさんいるんです。たくさんいるのに、なぜか邦画は同じような作品が並んでいく。

それはなぜなのか。ずっと疑問に感じていまして。


文=新國翔大 写真=小田駿一

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