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コモンセンス代表取締役 望月優大

今年で2回目の開催となる、30歳未満の次世代を担うイノベーターを選出する企画「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」。

今年は、昨年度の5部門から10部門に増やし、幅広い領域で活躍する30歳未満の30人を選出する。そこで各部門の第一線で活躍するフロントライナーに呼びかけ、アドバイザリーボードを組成。彼らが審査をした上で編集部が協議を行った。

【望月優大をはじめとするアドバイザリーボードが編集部と受賞者を選出する「30 UNDER 30 JAPAN 2019」特設サイトはこちら

ソーシャル部門のアドバイザーに就任したのは、コモンセンス代表の望月優大。

日本の移民について伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」の編集長を務め、個人としても国内外で移民・難民問題を中心に社会問題を掘り、広く発信している。さらに非営利団体の支援も手掛け、発信にとどまらず、行動を起こし続けるプレイヤーでもある。

そんな彼のキャリアの始まりである20代は、意外にも紆余曲折の道を辿ってきた。大学院卒業後に、4つの職場を転々とした上で独立。学生時代から社会との関わり方を追い求めてきた彼が、見つけた自分の仕事のスタイルとは。

20代最初の「異邦人」体験

私が高校に入学したのは2001年です。アメリカ同時多発テロが起きた年ですが、その頃アルバイトをしていた飲食店のテレビで、衝撃的な映像が流れていたのをよく覚えています。高校3年生の時にはイラク戦争が勃発しました。そんな国際情勢の中で、先進諸国でムスリムや移民に対して「危険な存在なのではないか」という偏見も強くなっていたのですが、私はそういった社会の風潮に違和感を持っていました。

子供の頃から読書好きで、夏休みには地元の図書館でたくさん本を借りるようなタイプでした。高校生の頃は、「早く自由になりたい」と背伸びしてアルバイトをしたり、J.S.ミルの「自由論」を読み込んだりしていました。家族との折り合いがつかずに一人暮らしを始めたのもこの頃です。

初めて移民社会を体感したのは、大学1年生のとき。大学のプログラムで1カ月間フランスのパリに行ったときです。街にはいろんなルーツの人たちがいて、こんなにも多様なのかと改めて驚きました。また、電車に乗ってどんな人がどんな場所で降りるかを見ていて気がついたのですが、同じ都市の中でも地域による一定の住み分けがある。中心部の華やかな雰囲気と郊外との違いも自分の目で見ました。

フランスは、自分が中高時代から好きだったヒップホップがさかんな国でもあったので、CDショップにも行きました。多くのアーティストが植民地にルーツを持つ移民やその子孫です。同時に、フランスでは移民の排斥を主張する政党が支持を広げていることにも衝撃を受けました。移民というテーマがこれからの社会のあり方に関わるとても重要なものだと感じたんです。

20代の最初に、1年間の交換留学でアメリカへ。世界各地の植民地の歴史や関連する映画について学ぶゼミに入ったり、政治思想や哲学についてのゼミで学ぶなど、かなり濃い時間でした。

ですが、英語が完璧にできるわけではなかったことから結構しんどいこともあって、毎日の宿題も寝ないで取り組まないと終わらない。全体としては楽しかったけれど、「異邦人である」ことの疎外感も抱きながら過ごしていましたね。このとき学んだことや感じたことから、社会に対するものの見方が形成された部分も大きいかもしれません。

文=松尾友喜 写真=小田駿一

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