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ディー・エヌ・エー代表取締役会長 南場智子

今年で2回目の開催となる、30歳未満の次世代を担うイノベーターを選出する企画「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」。

今年は、昨年度の5部門から10部門に増やし、幅広い領域で活躍する30歳未満の30人を選出する。そこで各部門の第一線で活躍するフロントランナーに呼びかけ、アドバイザリーボードを組成。彼らが審査をした上で編集部が協議を行った。



1999年にディー・エヌ・エー(DeNA)を創業し、「Mobage(モバゲー)」をはじめ多数のインターネットサービスを生み出して、同社を日本を代表するIT企業に成長させてきた南場智子。近年は、スポーツ、オートモーティブ、ヘルスケアに事業領域を広めるなど、新たな挑戦を続けており、若手起業家の支援も積極的に行なっている。2019年5月には、スタートアップを対象とした100億円のファンド設立を発表した。

今回、「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」のエンタープライズ/コンシューマービジネス アントレプレナー部門アドバイザーに就任した南場。マッキンゼー・アンド・カンパニーに新卒で入社し、弱冠34歳でパートナー(役員)に就任した彼女は、UNDER 30のころに何を経験し、学び得たのか。そして、挑戦するUNDER 30に送るメッセージとは。

挫折を乗り越え、初めて仕事に向き合えた20代

私がUNDER 30のころは、とにかくがむしゃらに働きましたね。平日はいつも朝の4時か5時まで仕事。土日は寝だめをして、夕方の16時くらいに起きて、またすぐに出社する、といった働き方を続けていました。

なぜそこまで頑張れたのかといえば、社会人になるまで、何をするにも親が立ちはだかっていて、進路も自分では自由に選べないような環境で育ってきたから。いろいろな意味で、自分の力で頑張れることに渇いていたのでしょうね。負けず嫌いな性格が影響して、厳しい評価に晒され続ける中で、肩に力が入りすぎていたこともあるでしょう。

ですが、無理な働き方を続けていくうちに疲れてしまい、「もうダメだ」と思って、一度は海外のビジネススクールへ逃げました。その後、縁があって、またマッキンゼーに戻るのですが、案の定、すぐ以前のような働き方に戻ってしまった。仕事の成果も思うように出なかったので、今度こそきちんと会社を辞めようと考えるようになりました。20代の終わりごろのことです。

文=花岡 郁 写真=帆足宗洋

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